コロナ禍でリモートワークが当たり前となり、組織における個人のあり方が問われている。早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏は「組織の枠組みを超えて自分のやりたいことや面白そうなことがあって、そっちに自分をリードするのが幸せのために重要なのではないか」と言います。

富永朋信氏と入山章栄氏
左がPreferred Networks執⾏役員・最⾼マーケティング責任者の富永朋信氏、右が早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏

 世界的ベストセラー『予想どおりに不合理』でおなじみ、行動経済学の権威であるダン・アリエリー氏(米デューク大学教授)が人間の幸せについて語り尽くした書籍『「幸せ」をつかむ戦略』(日経BP、アマゾンで買う場合はこちら)。その著者(聞き手)であるPreferred Networks執⾏役員・最⾼マーケティング責任者の富永朋信氏が「幸せな組織のあり方」について、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏に聞きました。

富永朋信氏(以下、富永) マーケティングは大なり小なり消費者に対して何か働き掛けをするという性質上、私は人間をちゃんと理解することを重視しています。そうすると、人間の不合理性がとても大事になってきて、ここ10年くらい、ずっと行動経済学を追いかけてきました。

 そんな中、ダン・アリエリーと対談できることになって、ここ最近思っていた「オートノミー(自主性)が人の幸せの源泉になっているんじゃないか」というテーマとつながったんです。例えば、本の中にも出てきますが、アマゾンと街の本屋さんと比べるときに僕は本屋さんが好きで、本屋さんに行っちゃうのって、買い物のプロセスにオートノミーがあるからだよね、と。

富永 朋信 氏
Preferred Networks執行役員・最高マーケティング責任者
日本コカ・コーラ、西友などでマーケティング関連職務を経験し、ドミノ・ピザ、西友など4社でマーケティング部門責任者に。社外ではイトーヨーカ堂、セルムの顧問、厚生労働省年金局 年金広報検討会構成員、内閣府政府広報室 政府広報アドバイザー、駒沢大学非常勤講師などを務める。著書に『デジタル時代の基礎知識「商品企画」』(翔泳社)

入山章栄氏(以下、入山) そうですね。アマゾンは向こうからリコメンドが降ってくるだけですもんね。顧客の自主性が奪われる世界ですね。

富永 基本的にアマゾンはアマゾンが決めたプロトコルに従うだけじゃないですか。実店舗の強みってお客さんにオートノミーを提供できていることにあって、それをマキシマイズしていくと実店舗の生きる道はもっとあるという信念を持っています。

 さらに、この本(『「幸せ」をつかむ戦略』)の中でダン・アリエリーが決めている経費のポリシーが出てきます。研究室のスタッフ全員にコーポレートカードを渡して、「予算を使う前に胸に手を当てて考えてください。自分のお金でも使いますか。使うんだったら、チェックなんかしないので使ってください」と。超性善説な行動ですが、非常にオペレーションコストも安いし、気持ちいい。それで、みんながハッピーになる。

 この逆が官僚主義で、どんどん信頼を食っていくシステムだと。それでアンハッピーにつながっていくんだという話で、ああ、なるほどねと。行動経済学というのは、会社のオペレーションに応用できるし、それによって社員がハッピーになって、経営者もハッピーになるみたいな図式もつくれるんだなと思ったんですよね。

入山 面白いですね。実は僕も最近、「幸福」を考える契機がありました。

入山 章栄 氏
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授
慶応大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、08年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。13年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。19年より現職

 今年(20年)の2月初旬に、モンゴルに行ったんですね。人事の分野で有名な八木さん(GEジャパンやLIXILグループで人事の要職を務めたpeople first代表取締役の八木洋介氏)に誘われまして。彼が今、IWNCというところで、大企業の幹部をモンゴルの雪原に放り出し、マイナス30度の中で人生を振り返らせるという研修を行っているんです。

富永 最高ですね。

入山 雪原の中で5人くらいのグループになって人生を振り返りあったりするんです。その後でモンゴル馬に乗って雪原を進むんですが、最後、急に馬がいなくなるんです。向こうのはるか先にあるゲルに泊まっているんですけど、「勝手に帰ってください」と突然言われて、雪原の上をトボトボ歩いて帰る、というような3泊4日のプログラムになっています。

富永 ご一緒にやられたんですか。

入山 やりましたよ。大企業の幹部と。たまたまですが、早稲田大学ラグビー部の監督だった中竹竜二さんや予防医学者の石川善樹さんも一緒でした。

 実は日本に帰ってから、別件で石川さんの話を聞く機会がありました。石川さんは今、日本のウェルビーイング研究の第一人者と言われていますが、その彼が「ウェルビーイングとはリーダーシップである」と言うんですよ。それも、ただのリーダーシップじゃなくて、セルフリーダーシップだと。つまり、自分をリードすることが一番重要で、自分をリードする以上は「目標」や「ビジョン」が必要になる。ところが、今日本の大企業とかで働いている人は必ずしもそうなっていなくて、企業に勤めて上から降ってきた仕事をこなすだけみたいになると、セルフリーダーシップがないですよね。

富永 あまりないですよね。

入山 それで、さっきのモンゴルの研修の話に戻ると、吹雪の中で人生を語らせた後、岩山の上で1人ずつ順番に立たされて、雪原に向かってこれからの人生や、やりたいこと、自分の軸などをしゃべらなきゃいけないんです。

 そうすると、やっぱり皆さん、自分の過去を否定する方が多いんですよね。自分が今までやっていたことは間違っていたと。「会社からやらされている仕事ばっかりで、自分には軸がなかった」みたいなことをおっしゃる方もいて。そんな中で自己肯定しまくっていたのが、僕と石川さんだけだったんです(笑)。「僕たち最高!」とか言って、みんなあっけに取られてましたが。

 さっきのオートノミーってそういう話かなと思いました。従来型の日本企業に勤めているとどうしても社員のオートノミーが弱くなるから、そこで勤め上げてきた方は今までの過去を否定しがちなのかもしれません。しかも、これからの自分の人生を言語化しなきゃいけないんですけど、例えばA社という会社の幹部の方が、「自分はこれから最高のA社マンになる!」とおっしゃったりするんですね。

富永 そんなことを言っちゃうんですか。

入山 はい。もちろんそれが悪いわけではないのですが、個人の軸が組織と一体化しているんですよね。僕なんかは「A社が潰れたらどうするのだろう」と思ってしまうのですが。別にかっこいいビジョンとかじゃなくていいと思うのですが、組織の枠組みを超えて自分のやりたいことや面白そうなことがあって、そっちに自分をリードする。幸せになるために重要なのはこの辺なんじゃないかというのが石川さんの結論ではないかと思います。

富永 「俺は最高のA社マンになる!」と叫んだ人は、勤め人の一般的レベルでいえば、まあまあオートノミーを獲得していると思うんですよね。ただそれだけでは幸せな状態と呼ぶには不十分なんですよね、きっと。

※次回「組織にカリスマリーダーは不要? 富永朋信氏×早大・入山章栄教授 」に続く

(写真/的野弘路)


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