ベータプログラムが生み出す社会規範の関係

ダン スティーブ・ジョブズについて考えてみましょう。彼は「あなたが感心するようなものを与えるために私たちはものすごく懸命に働いた。しかも、それほど高い値段は取りません」という感覚を人に与えることにかけて、驚くような才能を持っていました。彼ならそう言ったでしょうが、この描き方は「あなたは自分が必要なものを自分で考える時間がないだろうから、私たちが代わりにやります」というニュアンスになっている。そのアプローチが肝なんです。

富永 iPhoneほど感心を覚えないプロダクトとして、例えばアップルウオッチはどうですか。アップルウオッチに満足していなかったり、自分が満足しないことが分かっていたりしても、多くの人が買いますよね。

ダン それが社会規範です。社会規範の一部は、人が「私たちは長期を見据えてここにいる。たとえアップルウオッチのシリーズ4がそれほど良くなかったとしても、それは構わない。シリーズ10までやってほしいから、それでもお金を払う」と言うこと。これが長期的な見方です。短期的な見方、報酬の考えでは、「これが良くなかったらもう買わない」と言うことになります。

 もう1つの例が、ベータプログラムです。ベータ版のテスターになる人は、基本的に自分の仕事を危険にさらすことになります。何かが消去されてしまうかもしれないし、うまく機能しないかもしれない。そして、問題がないことについてレビューを書くのに時間を費やすことになります。アップルには、それこそ大勢のベータテスターがいます。なぜか。アップルは人に、「あなたのために一緒にものを作るのを手伝ってください」と言っているからです。

富永 考えてみれば、すごいことですね。

ダン そういう言い方をすると、突如、「私がこれを作ったから、さあ、買ってください」ではなくなる。「手伝ってください。私たちは皆、共通の目標のために一緒にいるのだから、参加してください」という話になるんです。

 一般論で言えば、どんなベータテストプログラムも、「あなたにはベータテスターとして我々のためにタダで働いてもらう」と言うこともできますし、「私たちは一緒に何かを作ろうとしていて、あなたの助けが必要です。私たちは、あなたが自分にとって良いことをする手助けをしているんです」と言うこともできる。なぜベータテスターにならなければならないのか。「私は必ず、あなたにとって良いものにするから、あなたの意見が聞きたいんです」と言うわけです。

 では、ほかの企業について考えてみましょう。これを生み出すために、企業に何ができるでしょうか。大事なのは、顧客に耳を傾けることです。ただし、目に見える形で聞かなければなりません。本当に顧客に耳を傾けているけれど、聞いていることを誰も知らなかったら、役に立ちません。

 アマゾンが行った実験を覚えていますか。何年か前のことですが、フロントページで価格変更の実験をしました。何をしたか。忠実な顧客向けの料金を、新しい顧客より高くしたんです。

 これが優れた商慣行だということは誰もが知っています。昔からの顧客はいずれにせよ自分のお店で買ってくれるから、値段を下げない。新しい顧客には、どんどん買ってもらうために多少の割引をする。

 ところが、利用者はアマゾンの価格変更を嫌い、すごく怒ったんです。なぜなら、アマゾンは私たちの規範の正反対のことをやったように思えたからです。私たちの規範とは、もし大事に思うのであれば、既存の顧客により良いサービスを提供することが思いやりだということ。大事に思う、社会規範に沿う、忠誠心を獲得するというのは、そういうことです。そうでなければ、すべてが損得勘定になり、誰もがお金のためにそこにいて、私からあと1ドル搾り取ろうとしているだけになります。

 ところで、アマゾンは最近、会員制サービスの「アマゾンプライム」で必死に戦っています。毎年もっと、もっと多くのものを顧客に与えてくれる。「私たちは皆さんにもっと多くを与えられるから、さあどうぞ。もっと与えられるから、さあどうぞ」といった感じです。

 ある年にアマゾンがやったことで、私がとても気に入ったことがありました。あれは郵便切手が値上がりした年でした。今では少なくなりましたが、当時はまだ切手があった。ちょっと不確かですが、切手の値段が22セントから23セントに上がったとしましょうか。アマゾンが何をしたか。顧客に1セント切手を10枚ずつ送ったんです。「皆さん、恐らく22セント切手を持っているでしょうから、1セント切手を10枚どうぞ。これを足して郵送できます」と言ったわけです。

 アマゾンにかかったコストは、顧客1人当たりわずか10セントですが、これは「あなたのことを考えています」と顧客に伝える見事な対策でした。長期的なインセンティブがカギを握るんだと思います。私たちはあなたを大切に思い、あなたに関心を持っている。その見返りとして、あなたは私たちに関心を持っているということ。それも個々の取引を超越した関心です。

<第4回(2月20日公開予定)に続く>

(写真/アンドリュー・ミラー)