行動経済学の権威、ダン・アリエリー氏(米デューク大学教授)が考える「リアル店舗で買う幸せ」とは? 「オンラインショッピングの究極は、トラックですべてのものを宅配してもらえることですよね。でも一体誰がそんな生活をしたいと思うでしょうか」。

 消費から夫婦関係、子育て、従業員のモチベーションまで、「幸せ」に関する8つの質問に対し、世界的ベストセラー『予想どおりに不合理』でおなじみ、行動経済学の権威であるダン・アリエリー氏(米デューク大学教授)が答えた驚くべき内容を凝縮した書籍『「幸せ」をつかむ戦略』(2020年2月18日発売、日経BP)。 本特集はその連動企画として、本書から抜粋した内容やそのテーマに関連する記事などをお届けする。聞き手はPreferred Networks最高マーケティング責任者の富永朋信氏。

 第1回の「消費の幸せ」に続いて、第2回のテーマは「リアル店舗で買う幸せ」。

ダン・アリエリー氏
デューク大学教授で、行動経済学をビジネスや政策課題に応用するコンサルティング会社「BEworks」の共同創業者。1967年生まれ。過去にマサチューセッツ工科大学のスローン経営大学院とメディアラボの教授職を兼務したほか、カリフォルニア大学バークレー校、プリンストン高等研究所などにも在籍。高価な偽薬(プラセボ)は安価な偽薬よりも効果が高いことを示したことから、2008年にイグ・ノーベル賞も受賞。『予想どおりに不合理』『不合理だからうまくいく』『ずる』『アリエリー教授の「行動経済学」入門』(いずれも早川書房)
富永 朋信 氏
Preferred Networks執行役員・最高マーケティング責任者
日本コカ・コーラ、西友などでマーケティング関連職務を歴任し、ドミノ・ピザ、西友など4社でマーケティング部門責任者を拝命。社外ではイトーヨーカ堂、セルムの顧問、厚生労働省年金局 年金広報検討会構成員、内閣府政府広報室 政府広報アドバイザー、駒沢大学非常勤講師などを務める。日経クロストレンドなど、マーケティング関連メディア・カンファレンスなどのアドバイザリー、ボードメンバーなど多数。著書に『デジタル時代の基礎知識「商品企画」』(翔泳社)

前回(第1回)はこちら

富永 なぜアマゾンが便利なのに、本屋に行きたくなるのか。これに関連して私が持っている3つの考えをすべて説明させてください。1つ目はオートノミー(自主性)による自由、2つ目がマーチャンダイジングの力、つまりあなたがおっしゃった偶然の出会いや、買い物客をわくわくさせるような売り場づくりなどです。

 3つ目が買い物の原体験です。私は5歳のとき、母に500円札をもらったことをよく憶えています。すごく興奮して、小さなお店へ行き、何を買うべきかを決めるのに30分もかけました。そして、最後にやっと小さなおもちゃを選びました。店員さんと握手して、自分の500円札を渡したら、硬貨でお釣りをくれました。

 私は、私の大切な神々しいお札が、じゃらじゃらした安っぽい金属に変わってしまったような痛みを感じました。しかし、それで私は自分が欲しいものを手に入れた。その喜び。この苦痛と甘い感情が交差する体験には、すごく魅力があると思います。以来、こうした消費体験に夢中になっています。

ダン ものを買う行為は、人間に力を持った気持ちを与えますね。ここに、誰かが持っていたものがあり、それを今は自分が持っている。お金だけで世界の状態を変えることができる。これはすごいことです。

富永 考えてみれば、かなりすごいですよね。

ダン 所有権の移転は人間に大きな衝撃を与える、とても興味深い心理状態だと思います。「買い物セラピー」というものが存在するのは、このためです。

 人は時々、買い物をすることで、世間に自分の力を示そうとする。これは良いことであり、複雑でもある。その感覚のせいで人がお金を使いすぎ、十分に貯金をしないことは想像がつく。なぜなら、貯蓄からは「権力感」を得られないからです。

 とはいえ、人間の寿命は延びているので、やはり貯蓄についても考える必要があります。あなたの考えには、間違いなく同意します。ただ何かを買う行為から得られるこの力には、何か驚くべきものがあるけれど、危険でもあります。

「自分がそのお店を支えている」という実感

ダン さらに、アマゾンにはない消費の幸せは、リアル店舗を支えることと関係しているのではないかと思います。私の個人的な生活から一例を挙げましょう。

 私の住んでいるノースカロライナ州のダーラムという街に、食べ物を売るキッチンカーがあります。トラックでお店を出している女性がいる。しゃれたオーガニックフードを扱っているんですが、私は彼女のことが好きで、食べ物も気に入っている。ある日、私が銀行から出ようとすると、彼女が入ってくるところで、入り口でばったり会ったんです。

 「どう、元気?」と尋ねると、実はトラックが故障して、融資してもらうために銀行に来たのだけれど、ローンがとても高いと。彼女は5000ドル必要で、銀行はすごく高い利子を求めてくるという。そこで、私は言いました。「銀行からお金を借りるのはやめなさい。私が5000ドルを将来買う食べ物のために払うから。私の大学の研究室の人間が何かを買うたびに、そこからお金を出してほしい」と。

 彼女にとっては、これはとても良い提案でした。なぜなら、銀行から5000ドルを借りれば、利子を付けて返済しなければならなかったのですから。その代わりに私から5000ドルを手に入れれば、5000ドル分の売り上げを前払いでもらったことになる。そう考えると彼女だけが得をしたように思えるかもしれませんが、この提案は、実は私にとってもいい取引だったんです。なぜかと言えば、私の周囲にいる人が幸せだったら、私の人生も良くなるから。

 私たちは時折、小売店と自分自身を競争相手として考えることがあります。「私は食べ物には最小限のお金しか払いたくない」「コーヒーにも最小限のお金しか払いたくない」といった具合ですが、それは真実ではない。私たちには、とても繊細なエコシステム(生態系)があって、私は彼女に廃業してほしくない。それだけではなく、彼女にストレスを感じてほしくないんです。

富永 彼女が必要なんですね。

ダン そうです。彼女も必要だし、行きつけのコーヒーショップも必要だし、地元のいろんな店も必要なんです。オンラインショッピングの究極は、私たちがアパートに住んでいて、トラックですべてのものを宅配してもらえることですよね。でも一体誰がそんな生活をしたいと思うでしょうか。地元のスーパーに毎日は行きたくないかもしれないけれど、スーパーには廃業してほしくない。それと同じで、すべての本を買うために地元の本屋に行く気はしないけれど、廃業はしてほしくない。

 この1件で私がどう変わったかと言えば、地元経済に対する自分の考え方が「競争」から「協調」に変わったのです。もっと一般的に言えば、周りの人について考え、全員にとってより良い均衡を生み出そうとすることが自分にとっての幸せにつながる。そのことを理解する必要があると思います。

 地元のコーヒーショップを思い浮かべてみてください。私たちは必ずウエーターにチップをあげますね。ならば、コーヒーショップにもチップをあげるべきか。もしかしたら、あげるべきかもしれません。もっといいお店になってほしいですから。共生関係なんです。

 先ほどのアマゾンの話で言えば、確かにオートノミーや多感覚体験、消費の象徴的意味は本屋の楽しみを生み出す要因でしょう。さらに、自分が消費者として誰を支えているかという問題でもある。同じお金を払うなら、大事に思う誰かを支えたい。人は恐らく、地元の店について気にかけるほど、アマゾンの収益を気にかけませんよね。

<第3回(2月19日公開予定)に続く>

(写真/アンドリュー・ミラー)

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