たった一人の思いが、仲間を集め、未来を変えていく──。P&Gやソニーで活躍した戦略デザイナー、佐宗邦威氏によるイノベーション実践の智慧をまとめた書籍『ひとりの妄想で未来は変わる~VISION DRIVEN INNOVATION』から、混迷の時代を生きるあなたへのエール。今回は第5章「【創造】自分たちらしい創造の型をつくるべし」からエッセンスを公開します。

(写真/Shutterstock)
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コロナ時代を生きるあなたへ:著者からのメッセージ

 新型コロナ禍によって、すでに起きている大きな変化の一つは、IT化のスピードアップだ。「デジタルトランスフォーメーション(DX)」など企業がつくったバズワードを越え、緊急事態宣言の中で僕らは、オンライン授業、オンライン診療、リモートワーク、オンライン行政手続きなど生活の中で実感することができた。ZoomやYouTube、Chatwork、Slackなどをビジネスインフラとして活用する人は大幅に増えた。

 ビジネスインフラがIT化すると、その次に来るのが、ITインフラ上で体験価値をつくることがビジネスの価値創造のコアになるということだ。

 デジタル変革をする企業が、デザイン思考を活用することが増えるのも、デジタルでつながった顧客に対して、プロダクト、サービス、コンテンツなどあらゆる形でリアルタイムに価値をつくり続けることがビジネスのコアになるからだ。

 この創造をチームや組織の文化にできる企業は、外部環境の大きな変化があっても動じない。変化が起こったら、今までつくったものを捨てて、またつくればいい。今だからこそ、こうした創造文化をいかに醸成していくかが重要だ。

やってみてから考える

 あなたは日常、“しっかり考えてからやる”ことを大事にしているだろうか? それとも“まずやってみる”ことを大事にしているだろうか?

 長らくビジネスの世界では、事前に十分なデータを集め、検証されたアイデアを実行することが常識だった。それはお金にせよ、人の時間にせよ、投資をするためのリスクを最小限にし、その効率を上げるためには再現可能なものをつくり続けることが合理的だったからだ。この再現可能性を最大化する、日常の営みが“改善”である。

 製造業の分野において、かつて世界一になった日本企業を支えていたのが、現場で改善を地道に回す忍耐力でもあった。同じものを、質を担保してつくるという、モノづくりの現場では強みになっていった改善の弱みは、前例を大きく超えることが生まれないことだ。

 日本のホワイトカラーの生産性が低いといわれる所以は、この改善的な思考OSが、体の隅々まで浸透していることにある。同じ情報を複製している限り、付加価値はゼロだ。その結果、日本のホワイトカラーのスキルのほとんどは、調整能力に偏ることになってしまった。

 しかし、つくる対象物がアイデアや知識となった情報革命時代では、一度、創造したアイデアは無償で複製可能だ。したがって、新しい情報やアイデアをつくること自体が価値になる。創造のサイクルの最大の特徴は、インプットとアウトプットの間に突然変異を起こすための“ジャンプ”──エラー(揺らぎ)が組み込まれている点だ。

 これは改善が、工学のように同じインプットに対して、同じアウトプットになる再現可能なものである一方、オスとメスのDNAの組み合わせにより、ランダムに新しい形質が現れるなかから突然変異が生じる生き物の世界の法則に近い。そうした局面では“まず、やってみてから考える”“失敗してみることも重要”といった考え方が有効に働く。

 最近は、「デザイン思考的に考えてみましょうか」といった会話が聞かれるようになり、不完全でも前に進めるという選択肢が生まれてきている。これらの考え方は、別に新しいものではなく、企画や開発の現場では、暗黙の了解として実践されてきたノウハウだったが、知識創造がコアの価値になったいまの時代には、必須のスキルといえるだろう。

 かつて創造は、才能ある一部の人たちだけのものだった。特に、マス向けの商品をつくり、それを販売する産業では、何をするか決めるのはトップの数人だけだった。一度発売したら失敗したときの損害も大きいため、失敗には寛容にはなれない。もう少し正確にいうと、つくる過程では多くの失敗をしても、商品を市場に投入する際には絶対にヒットさせるというのが至上命題になる。

 たとえば、掃除機で有名なダイソンの創業者ジェームズ・ダイソンは、サイクロン型掃除機の完成までに5127のプロトタイプをつくったという。これは開発の過程で5126回、失敗していることを意味しているが、この失敗は創造のサイクルでいうと、突然異変を生み出すジャンプのプロセスであると言い換えられる。

 こうした突然変異を、開発過程だけではなく市場投入後にも想定し、それを許容しながら進める創造的なプロセスが、ITのインフラ化とともに当たり前になってきた。クラウドファンディングをしたり、80%の完成度で素早く出して、市場からのフィードバックをもらおうという考え方が広がってきたのはソフトウェア産業の文化に由来する。

 ソフトウェアの世界では、「ベータ版」と呼ばれる未完成なものを一旦リリースして、ユーザーに使ってもらったうえで、最終製品に仕上げていく。ソフトウェアはハードウェアに比べ、開発にかかるコストが圧倒的に少ないため、リスクが小さく、多くの失敗があったとしても影響が小さくて済む。

 また、ソフトウェア業界では小単位で実装とテストを繰り返し、開発を進めていく「アジャイル開発」などの方法論もインターネット上のコミュニティ内で共有されるため、多くの人が最新の方法論に合わせて挑戦と失敗を繰り返すことのできる環境が整っている。

 デザイン思考やリーンスタートアップといった考え方も、ビジネスがデジタル化していくなかで広がってきた。つまり、新たな企画・開発をする方法論を共有知化することで、多くの人が創造にチャレンジできるようになったのだ。フィルムカメラ全盛の時代は、一枚一枚を慎重に撮影していた僕らは、デジカメやスマホを使うようになってから、躊躇なく何回もシャッターを切るようになった。「たくさん撮影したら、きっと1枚くらいはいい写真があるでしょ?」というあれだ。

 こうした時代では、一個一個の創造プロジェクトはノリよく失敗しながら、さまざまなタイプの取り組みを試し、かたちにして、検証しながら、その結果、うまくいったものにリソースを集中していく、群としての創造戦略が有効になっている。そして、この実現を可能にしたのが、デザイン思考というツールだ。本章では、認知度が上がってきたデザイン思考について、改めてその本質を振り返りつつ、このツールをどのように使うべきなのかを紹介してみたい。

デザイン思考は魔法の杖なのか?

デザイン思考はビジネス界に広がったが、“魔法の杖”ではない(写真/Shutterstock)
デザイン思考はビジネス界に広がったが、“魔法の杖”ではない(写真/Shutterstock)

 僕が2015年に独立した際、初めて上梓したのはデザイン思考をテーマにした『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』だった。大学時代は法学部出身で、クリエイティブタイプではなかった僕は、アメリカのイリノイ工科大学でデザイン思考を学び、“創造道”という道を歩み始めた。

 創造性は誰もがもっているもので、デザイン思考はそれを解放する道具だった。その魅力を伝えたくて執筆した本だったが、当時はまだ感度の高い一部の人の興味対象だったデザイン思考は、いまや日本のビジネス界でも認知度が高まり、MBAでは必修科目とされるまでになった。お堅い企業の現場でも「まずはデザイン思考的に考えてみましょう」というように、一般名詞として使われる機会も増えている。

 同時に、デザイン思考のビジネス界への広がりは、ビジネスとクリエイティブというふたつの世界のぶつかり合う場所だったともいえる。そこでは、いったい何が起こっているのか? まずはデータから現在地を眺めてみよう。

 「日経デザイン」の特集「デザイン思考の次」(2019年1月号)によると、日本ではデザイン思考を知っている認知率はおよそ50%、実際に実践・定着している会社は約5%で、取り組み始めている会社は約10%だという。これは、デザイン思考を一種のイノベーション技術としてとらえたイノベーターカーブでいうと、アーリーアダプターが導入するフェーズに入り、これからキャズム越えをするかどうかが問われているというフェーズだということがわかる。

 一方、アメリカの伝統あるパーソンズ美術大学がまとめた調査によると、グローバル企業では75%の組織が何かしらデザイン思考に携わっている、71%の組織がチームで働くという視点でパフォーマンスが上がったと答えている、デザイン・ドリブンの会社は株価の伸びがそうではない会社の約2倍などの結果が出ており、単純に比較はできないものの、温度感として欧米のビジネス界ではキャズム越えを果たし、普及フェーズに入ってきているといえそうだ。

 実際に、欧米圏ではデザイン思考を導入している企業が、古くはインテルやマイクロソフトのようなところから、現在はIBMや、GE(ゼネラル・エレクトリック)などに移り、ロンドンのNESTA(National Endowment for Science, Technology and the Arts)など政府や自治体での実践も広がっている。そういったこと自体が、デザイン思考が普及期に入ったことの証明ともいえ、いまの日本は一歩遅れてこれからそこに入っていく段階にある。

 では、デザイン思考はなぜ生まれたか? そして、なぜビジネスの世界に普及したのか? その意味を振り返ってみよう。

 デザイン思考を社会に普及させたのはアメリカのデザインファームIDEOである。同社CEOのティム・ブラウン氏は、著書『デザイン思考が世界を変える』(早川書房)のなかで、デザイン思考を「デザイナーのツールキットによって人々のニーズ、テクノロジーの可能性、そして、ビジネスの成功という3つを統合する人間中心のイノベーションに対するアプローチ」と定義している。

 その代表的なプロセスは、IDEOの創業者デイヴィッド・ケリーと共同経営者のトム・ケリーによってフレームワーク化された、共感→課題設定→アイデア発想→プロトタイピング→検証からなる5つのステップだ。これは、いわばクリエイティブ初心者が最初に学ぶ創造の型のようなものといえる。

 この5ステップの要素を分解すると、ユーザーへの共感から企画のプロセスを始め(ユーザー中心)、ユーザーがどのような体験をするか五感を使って発想し(ビジュアル思考)、具体化していく(プロトタイピング)手法であり、デザイン(構想)、エンジニアリング(設計)、ビジネス(商売)という3つの分野の共創によって実行していく方法論といえるだろう。

 実は、デザイン思考という言葉は、彼らのオリジナルではない。建築家のピーター・G・ロウが、1986年に著書『Design Thinking』(邦訳は『デザインの思考過程』鹿島出版会)に建築家による創造的問題解決の方法を形式知化したことがその出自である。ロウは、これまでブラックボックスだったクリエイティブなプロセスの見える化を試みた。これは、クリエイティブなプロセスの解明に取り組んだ天才研究の系譜のひとつとなっている。

 そのアイデアを西海岸のスタンフォード大学エンジニアリングスクールが引き継ぎ、エンジニアが既存の枠組みや常識の延長にある地続き的な進化ではなく、飛び地的に一気に飛躍する非連続的思考を手に入れるための手法に発展させた。それがビジュアルで解決策を考える「Visual thinking(ビジュアル思考)」となり、ハードウェアの設計で非連続的な問題を解決するため、手を動かして、絵で考えていく、創造的な問題解決力の方法論が確立されていった。

 さらに80年代には、このビジュアル思考に、ユーザーの視点を取り入れる動きが出てくる。パーソナルコンピュータの研究が進むなかで、ニールセン・ノーマン・グループの共同創始者であるドン・ノーマンが考案した「ユーザー中心設計」の一環で、ユーザーの行動を観察する手法だ。これが後にIDEOによってユーザー中心設計とビジュアル思考を統合したデザイン思考として体系化された。
(以下、本書にて)

[本書第5章より抜粋]

佐宗邦威氏
佐宗邦威 BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー

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