デザイン思考は魔法の杖なのか?

デザイン思考はビジネス界に広がったが、“魔法の杖”ではない(写真/Shutterstock)
デザイン思考はビジネス界に広がったが、“魔法の杖”ではない(写真/Shutterstock)

 僕が2015年に独立した際、初めて上梓したのはデザイン思考をテーマにした『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』だった。大学時代は法学部出身で、クリエイティブタイプではなかった僕は、アメリカのイリノイ工科大学でデザイン思考を学び、“創造道”という道を歩み始めた。

 創造性は誰もがもっているもので、デザイン思考はそれを解放する道具だった。その魅力を伝えたくて執筆した本だったが、当時はまだ感度の高い一部の人の興味対象だったデザイン思考は、いまや日本のビジネス界でも認知度が高まり、MBAでは必修科目とされるまでになった。お堅い企業の現場でも「まずはデザイン思考的に考えてみましょう」というように、一般名詞として使われる機会も増えている。

 同時に、デザイン思考のビジネス界への広がりは、ビジネスとクリエイティブというふたつの世界のぶつかり合う場所だったともいえる。そこでは、いったい何が起こっているのか? まずはデータから現在地を眺めてみよう。

 「日経デザイン」の特集「デザイン思考の次」(2019年1月号)によると、日本ではデザイン思考を知っている認知率はおよそ50%、実際に実践・定着している会社は約5%で、取り組み始めている会社は約10%だという。これは、デザイン思考を一種のイノベーション技術としてとらえたイノベーターカーブでいうと、アーリーアダプターが導入するフェーズに入り、これからキャズム越えをするかどうかが問われているというフェーズだということがわかる。

 一方、アメリカの伝統あるパーソンズ美術大学がまとめた調査によると、グローバル企業では75%の組織が何かしらデザイン思考に携わっている、71%の組織がチームで働くという視点でパフォーマンスが上がったと答えている、デザイン・ドリブンの会社は株価の伸びがそうではない会社の約2倍などの結果が出ており、単純に比較はできないものの、温度感として欧米のビジネス界ではキャズム越えを果たし、普及フェーズに入ってきているといえそうだ。

 実際に、欧米圏ではデザイン思考を導入している企業が、古くはインテルやマイクロソフトのようなところから、現在はIBMや、GE(ゼネラル・エレクトリック)などに移り、ロンドンのNESTA(National Endowment for Science, Technology and the Arts)など政府や自治体での実践も広がっている。そういったこと自体が、デザイン思考が普及期に入ったことの証明ともいえ、いまの日本は一歩遅れてこれからそこに入っていく段階にある。

 では、デザイン思考はなぜ生まれたか? そして、なぜビジネスの世界に普及したのか? その意味を振り返ってみよう。

 デザイン思考を社会に普及させたのはアメリカのデザインファームIDEOである。同社CEOのティム・ブラウン氏は、著書『デザイン思考が世界を変える』(早川書房)のなかで、デザイン思考を「デザイナーのツールキットによって人々のニーズ、テクノロジーの可能性、そして、ビジネスの成功という3つを統合する人間中心のイノベーションに対するアプローチ」と定義している。

 その代表的なプロセスは、IDEOの創業者デイヴィッド・ケリーと共同経営者のトム・ケリーによってフレームワーク化された、共感→課題設定→アイデア発想→プロトタイピング→検証からなる5つのステップだ。これは、いわばクリエイティブ初心者が最初に学ぶ創造の型のようなものといえる。

 この5ステップの要素を分解すると、ユーザーへの共感から企画のプロセスを始め(ユーザー中心)、ユーザーがどのような体験をするか五感を使って発想し(ビジュアル思考)、具体化していく(プロトタイピング)手法であり、デザイン(構想)、エンジニアリング(設計)、ビジネス(商売)という3つの分野の共創によって実行していく方法論といえるだろう。

 実は、デザイン思考という言葉は、彼らのオリジナルではない。建築家のピーター・G・ロウが、1986年に著書『Design Thinking』(邦訳は『デザインの思考過程』鹿島出版会)に建築家による創造的問題解決の方法を形式知化したことがその出自である。ロウは、これまでブラックボックスだったクリエイティブなプロセスの見える化を試みた。これは、クリエイティブなプロセスの解明に取り組んだ天才研究の系譜のひとつとなっている。

 そのアイデアを西海岸のスタンフォード大学エンジニアリングスクールが引き継ぎ、エンジニアが既存の枠組みや常識の延長にある地続き的な進化ではなく、飛び地的に一気に飛躍する非連続的思考を手に入れるための手法に発展させた。それがビジュアルで解決策を考える「Visual thinking(ビジュアル思考)」となり、ハードウェアの設計で非連続的な問題を解決するため、手を動かして、絵で考えていく、創造的な問題解決力の方法論が確立されていった。

 さらに80年代には、このビジュアル思考に、ユーザーの視点を取り入れる動きが出てくる。パーソナルコンピュータの研究が進むなかで、ニールセン・ノーマン・グループの共同創始者であるドン・ノーマンが考案した「ユーザー中心設計」の一環で、ユーザーの行動を観察する手法だ。これが後にIDEOによってユーザー中心設計とビジュアル思考を統合したデザイン思考として体系化された。
(以下、本書にて)

[本書第5章より抜粋]

佐宗邦威氏
佐宗邦威 BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー

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