たった一人の思いが、仲間を集め、未来を変えていく──。P&Gやソニーで活躍した戦略デザイナー、佐宗邦威氏によるイノベーション実践の智慧をまとめた書籍『ひとりの妄想で未来は変わる~VISION DRIVEN INNOVATION』から、混迷の時代を生きるあなたへ送るエール。今回は第3章「【場】次のアタリマエを育てる土壌をつくる」からエッセンスを公開します。
新型コロナウイルスの感染拡大によるリモートワークが広がり、オフィスに行かなくなってみて気づいたこと。それは、今まで、大企業におけるオフィスは、軍隊におけるブートキャンプのような場所だったということだ。狭い空間の中で一緒に仕事をし、ご飯を食べにいくことは、一体感をつくり、構成員を1つの方向に向かわせるためには最適な環境だった(そして、それは懐かしくもある)。
今後、リモートワークの広がりによって、個人はより自由になる。それは、組織的な目線で言うと、一体感を失うことも意味する。歴史的に、いったん自由を獲得した人は元に戻りたがらない。人々がオフィスワークに戻りたがらないとすれば、一体感を醸成するための場所が失われることになる。
この懸念に対するアドバイスは、オフィスという物理空間ではなく、「人と人が関係性を結ぶ土台としての場をどうデザインするか」と問いを変えることだと思う。活気のある企業には、必ず非公式のサークルやコミュニティーがあった。イノベーションのタネは、その非公式ネットワークが生む「磁場」から、自然発生的に生まれるものであった。
今までは、場はラボや部室、たばこ部屋などの場所にひも付き、人が集まってコミュニティーを大きくできた。しかし、これからは、場のつくり方は変化を迫られるだろう。
公式なヒエラルキーの中の「アングラ」という位置付けだった非公式なコミュニティーはむしろ新たな磁場をつくる原動力として、格上げされていくのではないかと思う。個人が自分の嗜好性やテーマ性を持って集まりやすいコミュニティーデザインにより、新たなものが生まれる場をつくることは、イノベーションマネジメントに関わる人にとって戦略的に重要なテーマになるだろう。
なぜ、肝入りの新規事業が失敗するのか
企業の変革期、戦略コンサルティング会社のグローバルなケーススタディを精緻に分析されたレポートを印籠に、トップダウンで肝入りの新規市場を開拓する特命プロジェクトが始まる。こういう社運をかけた新規事業プロジェクトは、孫正義氏のような次の時代を自ら読み切り、身を投じられるような勝負勘のあるリーダーによって指揮されたものでない限り、うまくいかないケースが多い。
売上・利益の最大化、効率化を最優先する事業体のような組織では、新規事業を始めようとすると「1億台売れて、〇億円規模の新規事業をつくれ」「事業は遅くとも3年で単黒」というようなかたちで指令が出る。分業をもとに設計された組織のなかで既存の事業をやっている人たちは、その少数精鋭のチームが会社の運命を大きく変える大ホームランを放つことを願いながら、目の前の仕事を粛々と進める、というのが機械型組織における効率的な組織運営の仕方だ。しかし、実際にはこうならない。
そもそも、最初から大企業が次の柱として絵を描ける新規事業の多くは、すでにニーズが顕在化し、グローバルで市場が立ち上がっている場合がほとんどだ。逆にいうと、競合もその機会を理解していたり、すでに市場が形成されつつあるなかに参入する、レッドオーシャン(競争の激しい既存市場)であることを意味している。
一方、そこまでニーズが顕在化しておらず、市場が立ち上がるかどうかわからないものこそ、ブルーオーシャン(競争のない未開拓市場)である可能性が大きいのだが、そのような市場は前述のような短期的な売上・利益では測れず、社運をかけたプロジェクトにふさわしいと役員会で合意することはまずできないだろう。
あのアマゾンも約10年間かけて黒字化したが、社会にインパクトの大きいイノベーションほど、初期は既存事業の指標だと失敗と判断されてしまうケースが多い。そうした空気が社内を覆っていると、説明不可能なまったく新しい事業モデルは、たとえ素晴らしいアイデアであったとしても、「どうせうちではできないから、言わないでおこう」と、思いついた本人である社員が各々の判断で勝手にその発想に蓋をしてしまい、そのうちに本当に存在しなかったものになってしまう。
これが大きな組織において、新しいものが生まれなくなるメカニズムだ(ここでは大組織を例にしたが、社会と言い換えても同じことがいえるだろう)。
新たなものが生まれるプロセスは、生き物の世界が参考になる。生き物の生殖では、数限りない精子が最終的にたったひとつの卵子と結びつき、“生まれる”という現象を引き起こす。こういった生き残ったタネ(種)が強いという自然淘汰の法則は、新規事業にも当てはまる。
分業によって、新規事業のために部署を設けるにしても、そこに必要なのは、一発逆転のホームランを放つために稀代のコンセプターと組むことではなく、多くのものが生まれる場をつくることだ。そして多くのものを生み出すには、自然に多様なタネが交わり、新たなチャレンジが生まれ、多くが死んでもその失敗がまた肥料になるような“創造の土壌”を用意することが肝心である。
このような土壌は、企業内ならラボや研究所、スタートアップの世界ならインキュベーターというような場になるが、これらを既存の組織において運用する場合には、注意が必要だ。
既存事業は、同じアウトプットを再現性高く、ミスなくつくるというOSで設計されている。それゆえ、新たなものを生み出すために必要な遊びや失敗は、不良であり、悪だとされる。たとえ、その壁を乗り越える勇者がいたとしても、既存の組織では最終意思決定時に、決裁者により無意識に自分たちが成功してきた過去の成功モデル=成功バイアスの影響を受け、いままでと違うモデルは筋が悪いと判断されてしまう。
大きな組織の成功モデルは、過去のある環境でうまくいったことを示しているが、環境が変わったらむしろ変化への適合を妨げる原因になりかねない。多くの組織では、効率的に利益を出すことが絶対善になりやすいため、新規を生み出す“一見ムダに思えるもの”に人材を投資するには、一定の割合のリソースを常に新規に張ろうという経営者の意思決定が必要だ。
新たな場がないと、新たな秩序は生まれない
既存事業では、効率性を最大優先で運営するため、既存事業のなかで新規事業を育成しようとすると、①事業規模が大きい既存事業と比較され、リソースの優先順位が下がる ②決裁者が新しいビジネスモデルを評価できない ③品質管理・広報・開発など、前例を壊した新しい挑戦をするための社内調整コストが膨大にかかる、といった課題に直面する。
これらは特に、最初の【0→1】の構想ステージや【1→10】の企画ステージの大きな足かせとなる。一度、この初期ステージを乗り越えられると、既存事業がもつ販売チャネル、クライアントとの接点、研究開発のネタや特許などが価値になるのだが、そこにたどり着く前にほとんどのタネが死んでしまう。こうした環境下では、前例のなかったはずの取り組みは、調整コストを最小化するために、たいていが“見たことがある落としどころ”になってしまう。
日本企業においては、R&D投資として世界3位となる総額17兆円の資金が、こうした新しいものを生み出す場に投入され、R&D部門がそれを一手に引き受ける構造になっている。また、イノベーションが「技術革新」と訳される日本では、イノベーション案件のほとんどがR&D担当役員にアサインされるが、R&D部門は研究テーマを深掘りする「象牙の塔」になっている場合が多く、タコツボ化しており、多様性から新たなものを生む「創造する組織」のOSとは程遠い運営がされている。
さらに、こうした研究所では研究者個人がそれぞれの専門性をもち、その専門性を深掘り(知の深化)するために多くのリソースを割いているが、都心近郊の生活感の薄い“R&D村”に位置するため、日常生活のなかでユーザーや社会ニーズと出合う機会が生まれにくい。深化させてきた技術を、ユーザーニーズやほかの技術シーズと混ぜ合わせて、孵化させる多様性のある場が足りないのだ。
BIOTOPEは、NTT先端技術総合研究所と将来の研究テーマ探索のために分野横断の研究者と生活者を交えた技術の活用法を共創する場をつくるプロジェクトを支援している。研究者にとって自分の研究を普段会わない人からとらえ直してもらい、自分がもっている技術を専門用語を使わずに伝える場は、新たな視点を見つけるきっかけとなる。
こうした固まってしまった視座の転換をするというのは、イノベーションのひとつの本質的な営みといえるだろう。そのために必要なのが場なのだ。
場は、秩序を壊すための新たなスペースだ。逆に、新たな場が存在しないと、新たな秩序は生まれない。新たなものを生み出す場をつくるためには、まずは組織のなかのどこかに“間”=“余白”をつくり“場”=“創造”のキャンバスをつくることがスタートになる。本章では、次のアタリマエを育てる土壌をつくるための智慧を紹介しよう。
(以下、本書にて)
[本書第3章より抜粋]
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