“管理”と“創造”の間にある巨大な溝

 企業内イノベーションの世界では、新規事業と既存事業は「混ぜるな、危険」とよくいわれ、これはイノベーション活動の現場では常識のひとつとなっている。そもそも、このふたつの世界は回っている原理が異なるのだ。それは“管理”と“創造”という、いわばウィンドウズとマックのような違い……。いや、それ以上の隔たりがある。

 だから、新しいコンセプトの事業は、既存の組織を巻き込む段階で、大きな溝に直面することになる。これは“組織”を“社会”と言い換えてもいいかもしれない。既存の社会システムと新しい技術を使った仕組みは、必ずといっていいほど衝突する。それゆえ、イノベーションの実践には既存システムを回す管理と、新規コンセプトをつくる創造というふたつの世界を融合する智慧が必要なのだ。

 創造の世界の代表が、起業家だろう。既存の常識とは違う新たなビジョンをもった個人の創造の営みから生まれるスタートアップは、常に変化しながら成長し続けることが求められる。特に、創業初期段階では前例のない挑戦の繰り返しであり、変化を生み続けることは日常だ。起業家にとってみれば、同じルーティンを繰り返すことは、つまらなくて耐えられない。好奇心のため、事業成長のために、常に既存のモデルをハックしながら、そして、時には勇気をもって壊しながら、創造的破壊を繰り返していくのがその原理なのだ。

 一方、すでに事業が回っている多くの企業や行政は、管理の世界だ。全体の秩序を保ち、安定した成果を出し続けなればならない世界では、トップダウンの戦略立案と組織への秩序立てた落とし込みがその本流であり、どんなお題目が掲げられようとも、その組織体や仕組みを守ることが目的となりがちだ。そのため、地続き的に徐々に進化する改善による漸進的イノベーションは起こっても、一気に飛躍するような急進的イノベーションは、あくまでも辺境のものと位置付けられる。

 しかし、ここ数年でこの状況は大きく変わってきたように思う。構造の違うふたつの世界が溶け合い、互いに融合し始めているのだ。まずは大きな組織のなかで、スタートアップ型のボトムアップの創造による新たな動きが起こっている。オープンイノベーションをはじめとする方法論や、新規事業インキュベーターなどの制度、コーポレートベンチャー・キャピタル(通称CVC)といったファンドの活用は、これまでは起業家に代表される小さなプレイヤーたちの動き方だった。それを大企業が、こぞって取り入れるようになったのは興味深い出来事である。

 この変化を呼び込んだのがインターネットの社会インフラ化だ。かつてトップダウンの組織は、情報の流れを効率化させるためにヒエラルキー構造をつくり、トップが情報を独占していた。そうすることで全体を把握し、指令を与えていたのだが、それこそがパワーの源でもあった。ところがインターネットは、これまでトップが独占していた情報の流れを変え、それを分権化させた。各々がもっている情報を内外問わず交換し合うことで、いままで組織のなかで独占していた壁がなくなり、個人同士の新たな結合が生まれやすくなったのだ。

 オーストリア・ハンガリー帝国(現チェコ)生まれの経済学者ヨーゼフ・シュムペンターは、著書『経済発展の理論』(岩波書店)のなかで「イノベーションは新結合によって生まれる」と喝破したが、インターネットがインフラ化するということは、新結合を生み出すイノベーションが常態化するという動きにつながる。新たな当たり前として、いままでにないものを生むゼロイチの思考法、つまりクリエイティブ思考が標準として求められるようになったのはそのためだ。

 僕は2015年に『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)を上梓し、デザイン思考を入り口に、大企業、老舗企業、スタートアップ、NPOなど、幅広い現場で創造を支援するプロジェクトを実践してきた。イノベーションの必要性が広く現場に浸透し、デザイン思考をはじめとしたさまざまな未来創造のニーズが増えてきたのも、まだ創業して4年のBIOTOPEがさまざまな業界の一流企業と仕事をする機会を得られた理由だと思う。そうした現場でのイノベーション構想と実践の試行錯誤のなかで、創造文化を広げ、メジャー化させていくためには、現場において乗り越えなければならない壁がいくつかあることがわかってきた。

(次回に続く)