たった一人の思いが、仲間を集め、未来を変えていく──。P&Gやソニーで活躍した戦略デザイナー、佐宗邦威氏によるイノベーション実践36の智慧をまとめた書籍『ひとりの妄想で未来は変わる~VISION DRIVEN INNOVATION』が大好評発売中。本連載では同書の第1章を3回にわたって特別に公開する。

佐宗邦威(さそう・くにたけ)
BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー
大学院大学至善館准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を起業。企業のミッションやビジョンのデザイン、ブランドデザインなど、ビジョナリーの妄想を起点にした企業の存在意義の再構築による未来創造プロジェクト全般を得意としている。バラエティ豊かな企業・組織のイノベーション支援を行っており、個人のビジョンを原動力にした創造の方法論にも詳しい。著書に『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディアパブリッシング)、『直感と論理をつなぐ思考法──VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)がある。

 いままでのやり方を踏襲していても、未来はないような気がする。経営層や上司は答えをもっていないまま変革やイノベーションの号令を出しているが、実際に現場で行っている施策は小手先の変化としか思えない。本当は、根本的に新たなモデルをつくらないといけないのではないか。

<ひとりの妄想で未来は変わる 特別連載>
【第1回】 あなたのイノベーション活動は生きているか? ←今回はココ
【第2回】 ゾンビのようなイノベーション活動が生まれるわけ
【第3回】 △から○へ変わる組織のかたち

 僕は戦略デザイナーとして、2015年に共創型戦略デザインファーム、BIOTOPE(ビオトープ)を創業し、IT、放送、メディア、キャラクター、スポーツ、食、まちづくり、宇宙など、さまざまな分野の“未来創造”にかかわってきた。企業において“イノベーション活動”と呼ばれる取り組みは、冒頭のようなことを感じたひとりの人間のモヤモヤした気持ちが、妄想へと発展し、その青写真を描くために構想を練ることから始まるケースがほとんどだ。

 創業当初、このモヤモヤをバネにした創造のムーブメントは、まだ企業や組織の辺境で一部の感度が高い人だけが感じていたものだったのが、いまやブームとなって裾野が広がり、一気にイノベーションはメジャー化した感がある。この背景には、冒頭のようなモヤモヤのエネルギーが日本中のビジネス界を覆い、蓄積されていたこともあるのではないか。これはなにもビジネスの世界に限ったことではない。教育や医療などの公益性の高い分野でも、こうした活動が浸透してきている。

 イノベーションをメジャーに押し上げる原動力となったのは、起業家、企業内起業家(イントレプレナー)、社会起業家など、自らの想いを羅針盤にして、新たなモデルを実践し始めている挑戦者たちだ。さらにここ10年で、スタートアップの生態系が育ち、大企業とともに新たな協業をする環境が生まれるなかで、“機能不全”に陥った古い仕組みやモデルを刷新する挑戦がしやすい環境が整った。

 それに伴い、イノベーションを構想するための思考法やマインドセット、ノウハウなども広がってきている。ビジネス界におけるイノベーションの対象分野は15年ごろを境に、アプリやECなどによるインターネットのユーザー体験を中心にした軽いイノベーションから、AI(人工知能)、IoT、デジタル変革など、企業のインフラそのものを再構築する重いイノベーションへと潮目が変わったように思う。

 スタートアップの世界でも、インターネットによりユーザーと企業とを新しいかたちでマッチングさせるようなビジネスモデルから、AI、ロボティクス、生命科学、宇宙といったR&D(研究開発)投資を伴う「ディープテック」と呼ばれる分野が中心になり、技術をユーザー価値に翻訳したうえで、社会に実装するというハードルの高いものになってきている。新たなコンセプトを構想することから、新たなコンセプトを広げるために組織を変化させ、社会に実装していくイノベーション実践へ──イノベーションは“構想”から“実践”の時代に入ったのだ。

既存の「生産する組織」から、「創造する組織」への変革が求められている
既存の「生産する組織」から、「創造する組織」への変革が求められている

“管理”と“創造”の間にある巨大な溝

 企業内イノベーションの世界では、新規事業と既存事業は「混ぜるな、危険」とよくいわれ、これはイノベーション活動の現場では常識のひとつとなっている。そもそも、このふたつの世界は回っている原理が異なるのだ。それは“管理”と“創造”という、いわばウィンドウズとマックのような違い……。いや、それ以上の隔たりがある。

 だから、新しいコンセプトの事業は、既存の組織を巻き込む段階で、大きな溝に直面することになる。これは“組織”を“社会”と言い換えてもいいかもしれない。既存の社会システムと新しい技術を使った仕組みは、必ずといっていいほど衝突する。それゆえ、イノベーションの実践には既存システムを回す管理と、新規コンセプトをつくる創造というふたつの世界を融合する智慧が必要なのだ。

 創造の世界の代表が、起業家だろう。既存の常識とは違う新たなビジョンをもった個人の創造の営みから生まれるスタートアップは、常に変化しながら成長し続けることが求められる。特に、創業初期段階では前例のない挑戦の繰り返しであり、変化を生み続けることは日常だ。起業家にとってみれば、同じルーティンを繰り返すことは、つまらなくて耐えられない。好奇心のため、事業成長のために、常に既存のモデルをハックしながら、そして、時には勇気をもって壊しながら、創造的破壊を繰り返していくのがその原理なのだ。

 一方、すでに事業が回っている多くの企業や行政は、管理の世界だ。全体の秩序を保ち、安定した成果を出し続けなればならない世界では、トップダウンの戦略立案と組織への秩序立てた落とし込みがその本流であり、どんなお題目が掲げられようとも、その組織体や仕組みを守ることが目的となりがちだ。そのため、地続き的に徐々に進化する改善による漸進的イノベーションは起こっても、一気に飛躍するような急進的イノベーションは、あくまでも辺境のものと位置付けられる。

 しかし、ここ数年でこの状況は大きく変わってきたように思う。構造の違うふたつの世界が溶け合い、互いに融合し始めているのだ。まずは大きな組織のなかで、スタートアップ型のボトムアップの創造による新たな動きが起こっている。オープンイノベーションをはじめとする方法論や、新規事業インキュベーターなどの制度、コーポレートベンチャー・キャピタル(通称CVC)といったファンドの活用は、これまでは起業家に代表される小さなプレイヤーたちの動き方だった。それを大企業が、こぞって取り入れるようになったのは興味深い出来事である。

 この変化を呼び込んだのがインターネットの社会インフラ化だ。かつてトップダウンの組織は、情報の流れを効率化させるためにヒエラルキー構造をつくり、トップが情報を独占していた。そうすることで全体を把握し、指令を与えていたのだが、それこそがパワーの源でもあった。ところがインターネットは、これまでトップが独占していた情報の流れを変え、それを分権化させた。各々がもっている情報を内外問わず交換し合うことで、いままで組織のなかで独占していた壁がなくなり、個人同士の新たな結合が生まれやすくなったのだ。

 オーストリア・ハンガリー帝国(現チェコ)生まれの経済学者ヨーゼフ・シュムペンターは、著書『経済発展の理論』(岩波書店)のなかで「イノベーションは新結合によって生まれる」と喝破したが、インターネットがインフラ化するということは、新結合を生み出すイノベーションが常態化するという動きにつながる。新たな当たり前として、いままでにないものを生むゼロイチの思考法、つまりクリエイティブ思考が標準として求められるようになったのはそのためだ。

 僕は2015年に『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)を上梓し、デザイン思考を入り口に、大企業、老舗企業、スタートアップ、NPOなど、幅広い現場で創造を支援するプロジェクトを実践してきた。イノベーションの必要性が広く現場に浸透し、デザイン思考をはじめとしたさまざまな未来創造のニーズが増えてきたのも、まだ創業して4年のBIOTOPEがさまざまな業界の一流企業と仕事をする機会を得られた理由だと思う。そうした現場でのイノベーション構想と実践の試行錯誤のなかで、創造文化を広げ、メジャー化させていくためには、現場において乗り越えなければならない壁がいくつかあることがわかってきた。

(次回に続く)

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