「台湾の流通経済を発展させて、人々の暮らしを便利で豊かにする」という夢を実現するため、徐重仁はセブン―イレブン事業を急成長させる傍ら、事業の多角化にも取り組み始めた。当時、小売り業態は「スーパーや百貨店で決まりだ」と思われていたが、そんな声にひるむことなく、次々と新たな流通事業を生み出していった。(本文敬称略)

徐が本格的な多角化で初めて取り組んだ小売事業はドラッグストア「康是美(COSMED)」(写真)のチェーン展開だった
徐が本格的な多角化で初めて取り組んだ小売事業はドラッグストア「康是美(COSMED)」(写真)のチェーン展開だった

 セブン―イレブン事業を軌道に乗せた徐だったが、他社が参入すればいずれコンビニ市場が飽和するのは目に見えていた。それに備えるべく彼が取った次の一手が事業の多角化だった。

 徐が手を広げた事業は、大きく2つのタイプに分けられる。1つはセブン―イレブン以外の流通(飲食・サービス)事業。一般消費者がターゲットで、新たな商品やサービスによって人々の暮らしを豊かにする。もう1つは統一超商を持続的に発展させる事業。取引相手は法人で、物流や金融のような会社の成長を支える事業だ。徐はこの2方向の多角化を同時並行で実行した。

 さらに徐の多角化戦略は、取り組んだ時期によっても2つに大別される。

 第1期は徐の主導で樂清服務(ダスキンサーヴ)を設立し、積極的な多角化を始めた1994年から2000年までの7年間。第2期は統一企業グループ内に統一超商をトップとする「流通サブグループ(流通次集団)」が編成された01年から、徐が統一超商の社長の座を退く12年までの12年間である。

 まずは第1期の多角化から見ていこう。

新事業参入で流通市場は拡大しチャンスが生まれる

 セブン―イレブンの店舗数は、第1期が始まる4年前に500店舗を超え、第1期が始まって1年後には1000店舗を超えていた。加えて90年9月に常温物流会社「捷盟行銷」が設立され、出店戦略の不安要素だった物流の課題が解決し、もはやセブン―イレブン事業のみに集中しなくてもよくなり、多角化に取り組む準備は整った。

 一方、この頃には徐が統一超商の社長就任直後に抱いた「いつかはコンビニ市場が飽和状態となり、セブン―イレブン事業の成長が難しくなるのではないか」という懸念が現実味を帯び始めていた。そんな当時の状況を象徴するかのような出来事があった。

 統一超商の親会社である統一企業の上層部から「新たな流通事業を開発して、成長を続ける市場に参入せよ」という指令が下される。役員会議に集まった統一企業の幹部たちは、百貨店やスーパーマーケットが激しく競い合うレッドオーシャンの流通市場にどう参入すればいいのか分からず、頭を抱えていた。

 すると会議に参加していた徐は、テーブルの上の水の入ったグラスを持ち上げ、口を開いた。

 「ある程度の経済規模がある小売市場のパイは、このグラスに満たされた水のようなもの。ここに石ころをいっぱいになるまで沈めたとします。その石が流通市場でしのぎを削っているデパートやスーパーマーケットです」

 周りにいた重役たちはじっとグラスを見つめ、徐の話に耳を傾ける。徐は穏やかな口調で話を続ける。

 「一見、余分なスペースがないように見えますが、よく見ると、実は多くの隙間があります。その隙間に百貨店やスーパーマーケットよりも形の異なる小さな石、つまり新たに開発した新規事業を入れればいいのです。大きな石の隙間に新しい石を入れれば入れるほど、コップの水位は高くなる。つまり、新規事業で参入した分だけ、流通市場も大きくなるのです」

 この話は「水杯投石(グラスに水を満たし、石を投げ入れる)」と呼ばれ、統一超商を含め統一企業グループが新規事業を開発する際の規範として、人材育成の場で語り継がれていると言う。

 当時の発言の真意を尋ねると、徐は笑みを浮かべて言った。

 「隙間は誰もやらないニッチなビジネス。そこに新しい事業を投入した分だけマーケットが大きくなる。その増えた部分のニッチなマーケットにまた新たなビジネスチャンスが生まれる……そういう考え方を伝えたかったんです」

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