日本のように台湾でも流通経済を発展させたいと考えていた徐重仁。そこでけん引役となるセブン―イレブン事業の成長を加速させるべく、台湾初の近代的な物流センターの建設や物流システムの構築に乗り出すことに。徐は最新技術の導入で、未整備だった流通分野における台湾の物流に“革命”を起こした。(本文敬称略)

台湾における流通業界の物流革命は、1990年の近代的常温物流会社「捷盟行銷(しょうめいぎょうしょう)」の設立から始まる。写真は台湾初の近代的物流センターとなった中壢(れき)物流センターで、捷盟行銷の社員やスタッフたちが設立30周年(2020年)を祝っているところ
台湾における流通業界の物流革命は、1990年の近代的常温物流会社「捷盟行銷(しょうめいぎょうしょう)」の設立から始まる。写真は台湾初の近代的物流センターとなった中壢(れき)物流センターで、捷盟行銷の社員やスタッフたちが設立30周年(2020年)を祝っているところ

「流通業界の物流の父」でもあった徐

 「近代的な物流インフラが整備されている」という前提条件がなければ、モノと情報の流れで構成される流通経済は成長できない。第2次世界大戦後、まず製造業が発展した台湾では日本の技術やノウハウなどを取り入れ、製造業界での物流の近代化が進められた。しかし成長の遅い小売業の物流は、前近代的なままだった。

 日本から最先端の小売りビジネスを導入することで、台湾に「流通革命」を起こした徐は、小売り分野における物流の近代化でも常にパイオニアであり続けた。台湾の「流通の父」である徐重仁は、同時に「流通業界の物流の父」でもあった。

 徐が仕掛けた台湾の物流革命は、1970年代も終わろうとする頃、社会人になったばかりの彼が統一超商で「物流センターの必要性」を説いたことから始まる。

 73年3月から約4年にわたる日本留学中、徐は目覚ましい発展を見せる日本のスーパーや百貨店、74年に第1号店がオープンしたばかりのセブン―イレブンなどを研究対象として「流通」の独学に励んだ。台湾に戻った徐は、77年10月に大手食品メーカーの統一企業に入社し、同社で新たに始めるコンビニエンスストア事業の企画書を書き上げた。これを基に78年4月、 コンビニ事業を担う子会社「統一超商」が設立され、79年5月に「統一超級商店」14店舗を同時オープンさせたことはすでに紹介した通りである(関連記事:「日本から学んだ『コンビニ出店戦略』で起死回生の大逆転」)。

 このとき、徐は「物流センターをつくらないと、チェーン店であるコンビニビジネスはできない」と上層部に主張した。「流通」という概念もビジネスの前例もなかった台湾で、小売業の経験もないメーカーだった統一企業の役員たちには、なぜ物流センターが必要なのか全く理解できなかった。

 しかし、徐は確信していた。その根拠は日本留学中に学んだ知識と体験にあった。

悪習慣「サプライヤーの押し売り」を断ち切る

 徐は75年に入学した早稲田大学の大学院で2年間、「物流経済」を専攻した。指導教授であった中西睦の専門は国鉄の貨物輸送だったため物流の基本は学べたが、流通関連の物流の知識としてはあまり役に立たなかった。

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