徐重仁は留学先で「台湾の人々の暮らしを日本のように豊かにする」という夢を抱き、流通ビジネスを熱心に勉強した。しかし、その夢を実現するには莫大な資金が必要だった。「流通」の概念すらない台湾で、徐が「流通の父」への道を歩み出した背景には、台湾でカリスマ経営者として知られる高清愿(こう・せいげん)との運命的な出会いがあった。(本文敬称略)

「統一超級商店」と「セブン―イレブン」が看板に併記されている頃の店舗。写真中央、ネクタイ姿が徐重仁
「統一超級商店」と「セブン―イレブン」が看板に併記されている頃の店舗。写真中央、ネクタイ姿が徐重仁

カリスマ社長・高清愿との運命的な出会い

 1977年7月、徐重仁は台北の松山空港に降り立った。

 台湾は日本留学で離れた4年4カ月前と何も変わらなかった。帰国したらスーパーマーケットを開業するつもりだった。しかし徐が日本留学で気づいたのは、進化した流通市場と豊かな暮らしこそがスーパー事業を成功させる条件であることだった。伝統市場での買い物の習慣しかない台湾の人々が、スーパーを受け入れるとは到底思えなかった。

 どうすれば台湾の小売業を発展させられるか悩んでいたとき、親戚に統一企業の総経理(社長)の高清愿を紹介された。統一企業は1967年に設立された食品加工メーカーで、73年に台湾の業界最大手となった。高社長は同社の実質的な創業者だった。

 徐は「面接とも言えない、ただの雑談でした」と振り返る。

 「台湾の初対面の習慣通り、高さんは私にたばこを勧めた後、『日本の大学で何を勉強してきたの』と尋ねたので、『流通業です』と答えました」