慶応義塾大学への入学試験に3度落ちて後がなくなった徐重仁は、急きょ留学先を早稲田大学に変更する。想定外だった早大への留学を契機に、徐は「流通」と出合い、日本における小売りビジネスの革命者たちの研究にのめり込んだ。その結果、「流通経済を発展させ、台湾の人々を豊かにする」という夢を抱く。(本文敬称略)

早稲田大学の本部キャンパスに立つ徐重仁。写真の右端に見えるのは、徐が流通経済の独学のために足しげく通った早稲田大学図書館。写真中央は大隈講堂
早稲田大学の本部キャンパスに立つ徐重仁。写真の右端に見えるのは、徐が流通経済の独学のために足しげく通った早稲田大学図書館。写真中央は大隈講堂
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慶応大学に3度落ち、仕方なく早稲田大学へ

 「将来はスーパーマーケットを起業したい」と考えた徐重仁は、日本のマーケティング論の第一人者の教授が在籍する慶応義塾大学の留学を目指した。しかし、日本に来てすぐに受けた試験も、1年後の2度目の試験も不合格となった。さらに1年後、もう浪人することが許されない徐は、万一の保険として早稲田大学の大学院試験も受けることにした。試験は専攻ごとに分かれていたので、徐は「物流経済」を選んだ。理由は単純だった。

 発展した日本の小売りビジネスを研究するため、受験勉強とアルバイトの合間に百貨店やスーパーについて書かれた新聞や雑誌の記事を読んでいると、時々「流通」という言葉に出くわした。

 「台湾には『流通』という言葉も概念もなかったので、初めて見たときは『水の流れに関係した言葉かな』と思いました」

 「流通」が小売業に関連した言葉だと分かり、興味を持ち始めた頃、早稲田大学の試験を受けることになった。「流通(Distribution)」と「物流(Physical Distribution)」が漢字も英語も似ていたことから、徐は「多分、同じ内容だろう」と勘違いして「物流経済」を専攻に選び、受験を申し込んだ。

 結局、慶応大学の3度目の試験も不合格に終わった。