「流通」の概念すらなかった台湾にセブン―イレブンを上陸させ約5000店を展開。その後もヤマト運輸や無印良品と提携するなど40社余りを立ち上げ「台湾の流通の父」と呼ばれる徐重仁がビジネスの夢をかなえる教えを説く大型連載。まずは揺れ動く日本のコンビニの課題と再生を語る。(本文敬称略)

徐 重仁(じょ じゅうじん)氏
重仁塾 塾長
1948年台湾・台南市生まれ。77年早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(物流経済学)。86~2012年統一超商セブン―イレブン社長。1994年国際ロータリー第3482地区東海RC創立会長。2001~04年台湾チェーンストア協会理事長。03年台湾美化協会創立会長。09~12年台湾公益広告協会理事長。12~16年財団法人商業発展研究院董事長。14~17年全聯福利中心(PX MART)総裁。17~20年台湾総統府国策顧問、現在に至る

「自利」を追求し、やがて加盟店の利益を忘れる

 「フランチャイズの加盟店の力で会社は大きくなる。本部と加盟店の関係は非常に密接だから、『共存共栄』のコンセプトが一番大事」――。徐重仁は流ちょうな日本語で、現在日本で注目を浴びているセブン―イレブンの問題について語り始めた。

 「企業が大きくなればなるほど共存共栄のコンセプトはしっかりやらないと。これはどの企業も同じ。上場企業の本部の立場からすると、株主のための利益追求や売り上げ向上を繰り返さなければならないストレスがある。その結果、『なんとしても売り上げを高くしなければ』と思ってしまう」

 行き過ぎた売り上げ至上主義が、「自分(本部)さえよければいい」という「自利」の価値観を助長するという。

 「世界の企業はほとんどが利益第一主義です。『自利』で本部が自社の利益だけを追求すれば、『他』である加盟店の利益を考えなくなる。そうなると企業はだんだん変わってしまう」と話す徐の表情は厳しく、そのまなざしは悲しげだった。徐は日本のセブン―イレブンに憧れ、その背中を追いかけることで台湾の流通を発展させ、やがて台湾で「流通の父」と呼ばれるまでになった。それだけに尊敬してやまない日本のセブン―イレブンの苦境に徐は胸を痛めていた。

 現在、台湾総統や政財界のVIPから経済に関するアドバイスを請われる国策顧問である徐が、台湾の「流通の父」として実業界から敬愛される理由は大きく2つある。1つはその当時「流通」という概念すらなかった台湾に、統一超商の社長(総経理)として店舗総数で米国、日本についで世界3位、人口1人当たりの店舗数では世界1位となる5000店以上のセブン―イレブンを展開し、台湾の小売り・流通業の成長をけん引したこと。

 もう1つはダスキン、ヤマト運輸、「無印良品」、スターバックス、イエローハットなどと提携し、コンビニ事業以外の先進的な小売り・流通企業を40社余りも立ち上げると同時に、40人以上の「社長」を育てて台湾の小売り・流通ビジネスの発展に貢献したことだ。

 徐が台湾の「流通の父」としての道を歩み始めたのは、今から40数年前にさかのぼる。日本留学中に上陸したばかりのセブン―イレブンと出合い、心を奪われた徐は、台湾に戻ってから日本のセブン―イレブンを手本に事業を展開すべく流通ビジネスの世界に飛び込んだ。そんな徐ならば、日本のセブン―イレブンの今後に不安を抱くのも当然だろう。

日本のセブン―イレブンが迎えた危機

 チェーンストアとして世界最多の店舗数を誇るコンビニ最大手・セブン―イレブンのなかでも、セブン―イレブン・ジャパンはさまざまな問題に直面し、ビジネスモデルの転換を迫られている。

 事の発端は2019年2月、大阪府にあるフランチャイズ店のオーナーが人手不足などの理由から本部に無断で時短営業に踏み切った、いわゆる「24時間営業問題」だ。続いてセブン―イレブン・ジャパンが多額の投資を行い、鳴り物入りでスタートさせたスマホ決済サービス「7pay(セブンペイ)」が、不正アクセスによってセキュリティー対策の不備が明らかとなり、開始わずか3カ月で廃止に追い込まれるという大失態を起こす。

 この苦境に追い打ちをかけるように、フランチャイズ加盟店で働くアルバイトやパート従業員らの残業代のうち、約4億9000万円の未払いが判明。さらに加盟店支援を担当する本部社員がオーナーに無断でおでんの具材を発注するという信じられないような不祥事が発覚し、本部に対するフランチャイズ加盟店の不信感に拍車がかかるなど数々の問題が露呈した。

 最近になってセブン―イレブンに多くの問題や不祥事が噴出し始めたのはなぜか。徐は2つの要因を挙げた。1つはコンビニの店舗数の増加。「ファミリーマートとかローソンとか、コンビニがいっぱいあるでしょ。店舗数は飽和状態で、店舗と店舗が近づいて競合が激しくなり、売り上げに影響している」。

 もう1つは消費者のライフ・スタイルの変化だ。「どのチェーンに行っても24時間営業が普通になっているから、セブン―イレブンを選ばなくていいので、深夜営業の売り上げが前より悪くなっている。人手も足りなくてオーナーが深夜のシフトをやらなくてはいけない。このような現象は日本だけでなく、台湾でも問題になっている」。

深夜でも営業しているコンビニは消費者にとっては非常にありがたい存在だが…… ※画像はイメージです(写真:NORHAFIS MOHD AMIN/Shutterstock.com)
深夜でも営業しているコンビニは消費者にとっては非常にありがたい存在だが…… ※画像はイメージです(写真:NORHAFIS MOHD AMIN/Shutterstock.com)

 コンビニを取り巻く環境が厳しさを増している現在、変化に対する“処方箋”は存在するのか。徐はここでも「まず『利他』です」と言い切る。「『利他』というのは自分を犠牲にするのではなく、一生懸命、心から加盟店のことを考えること。本部が加盟店の利益を十分考えてあげたら、加盟店もなんとか売り上げをアップさせようと一生懸命働くはずです。負担が増している加盟店の仕事についても、本部は省力化や効率化について真剣に考え、手を打つ責任があります」。

 実は台湾のコンビニでも店舗側の仕事量は増える傾向にあるという。例えば台湾では顧客がECで商品を購入すると、クロネコヤマトの宅急便で近くのセブン―イレブンに送ってもらい、その場で開封・チェックして、納得できれば受け取り、気に入らなければ返品できるサービスが行われている。その際に必要な受け取り、管理、発送などの作業も加盟店側の負担だ。

 「お客様の利便性のためとはいえ、少しやり過ぎだと思う。働きさん(契約社員)もパートさんも、やるべき仕事が多過ぎて、あまりコンビニで働きたくない。この現象は将来の大問題。人手はもっと足りなくなる。働きさんがいなくなると、もうどうにもならない」

マックのライバルは“飲食店化するコンビニ”

 「自利」から「利他」へと発想を転換し、本部は短期的な売り上げ至上主義を捨て、長期的な視点から加盟店で働く人たちをサポートすれば、「本部 vs. フランチャイズ加盟店」という対立構造も解消され、コンビニ事業の再生に向けた道筋が見えてくるというのが徐の考えだ。それには時代の変化に適応すべく「コンビニは進化しなければならない」と言う。

 「コンビニのあり方は常に消費者のライフスタイルに従うべきです。しかし今のコンビニでは限界がある。生存を懸け、コンビニは次第に“ミニスーパー”になっていくでしょう。スーパーの機能を取り込めば、女性の会社員や主婦が日々の買い物でよく来てくれるようになります」と徐は見ている。この来店頻度の向上こそが、コンビニ生き残りのカギというわけだ。野菜や精肉といった生鮮食品も“コンビニ感覚”で手軽に買えるようになれば、おのずと集客力は増すだろう。

 コンビニのミニスーパー化を後押しするのが、急速に進む日本社会の高齢化だ。「高齢者は日々の暮らしに必要なものがそれほど多くないから、ミニスーパー化したコンビニがあればほとんど解決できる。遠くのスーパーに行くより楽」と徐。実際、イオングループが展開する都市型小型食品スーパーの「まいばすけっと」も、同様の市場ニーズを狙ったビジネスで成長を続けている。

 「ドラッグストアはもともと化粧品と薬品が中心なのに、現在はドリンクやスナックもある。いずれ生鮮食品も売り出すと思います。コンビニは標準SKU(商品管理の最小単位、品目)が2500~3000アイテムなので、完全なスーパーマーケットにはなれないが“ミニ”なら可能です」

 続けて徐はもう1つ、コンビニが進化していく方向を示した。

 「コンビニは飲食店にもなっていきます」

 今ではすっかり定着したコンビニの「イートインコーナー」だが、徐は十数年前から台湾のセブン―イレブンに導入し、成果を上げていた。「イートインコーナーで飲めるコーヒーを100円で売るのも来店頻度をアップするため。1日何度もコンビニに来たくなるし、他の商品も買ってしまうでしょ」と述べるとおり、徐の狙いは来店頻度の向上だった。

 徐が「非常にお客様のニーズが高かった」と振り返るように、イートインコーナーはコンビニの利用目的を拡大した。これまで飲食店に流れていた顧客をコンビニに向かわせたのだ。これが結果的に、新規顧客の開拓にもつながった。

 「台湾のマクドナルドのCEO(最高経営責任者)に『うちの競合は同業者ではなく、コンビニです』と言われたことがあります。商品の特色は違いますが、なんでも売っているコンビニの方が便利。『今日のお昼はマックに行こうかな』と思った人も、ちょっと遠いと近くのセブン―イレブンの弁当で済ませてしまう。消費者の行動もそういうふうに変わりつつあります」

「流通の父」はサラリーマン社長だった

 店舗数で世界3位、5000店舗以上のセブン―イレブンを展開することで台湾の流通経済をけん引してきた徐は、財界や業界人だけでなく一般のビジネスパーソンからも敬愛されている。その理由の1つとして、徐が非常に温厚で親しみやすく、誰に対しても分け隔てなく真摯に接する人柄であることが挙げられる。

 なぜ彼ほどの成功者が、謙虚で誠実な人格者のままでいられたのか。その理由の一端は、彼の出自と、ビジネスパーソンとしての人生の送り方にあった。

 徐が社長となった1980年代半ばまで、台湾では企業のトップといえば創業家の直系や財閥の御曹司などのセレブに限られていた。しかし徐の実家は豪族でも財閥でもなく、本屋を営む商家だった。77年に台湾の大手食品製造加工会社である統一企業に入社し、平社員としてコンビニ事業をスタートさせた徐は、86年に子会社の社長となり、2012年、65歳で定年退職するまで“サラリーマン”としてキャリアを全うした。

 「そう、私は『サラリーマン社長』でしたよ」と答えると、徐は自らの人生を笑顔で語った。

 「セブン―イレブンも外国企業と組んだジョイントベンチャーも大きくなった。どれも真剣にやっていたから、自分で起業しようという考えなど全くなかった。お金もたくさんはいらないし、自分の夢をかなえることができるのなら、それが一番幸せだという気持ちでみなさんと一生懸命にやってきた。だから満足している。それが私の価値観」

 徐は当時の常識を覆し、台湾のセブン―イレブンを大きく成長させた。サラリーマンでありながら「流通の父」と呼ばれるまでになった徐重仁の考え方や生き様には、ビジネスで大きな夢を実現させたいという思いを抱く人にとって、ヒントや学びの種に満ちあふれていた。

 次回、台湾に流通市場を発展させた徐の「セブン―イレブン展開戦略」を見ていく。

(写真/スタジオキャスパー、写真提供/Shutterstock.com)

5
この記事をいいね!する