「ITイノベーション推進部」を設置し、 デザイン経営を推進するのが三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)だ。太田純社長のリーダーシップで、次々と新規事業を開拓している。一方、知識創造経営を提唱する野中郁次郎一橋大学名誉教授は、 デザイン経営の原点とも言える「SECI (セキ)モデル」で知られる。両者がデザイン経営の本質を語った。

太田純・三井住友フィナンシャルグループ社長(左)と野中郁次郎氏・一橋大学名誉教授(写真/端 裕人)
太田純・三井住友フィナンシャルグループ社長(左)と野中郁次郎氏・一橋大学名誉教授(写真/端 裕人)
太田 純(おおた・じゅん)氏
三井住友フィナンシャルグループ社長
1958年生まれ。京都大法学部 卒業。82年旧住友銀行入行。2009年三井住友銀行執行役員。15年に新設されたITイノベーション推進部の担当役員としてベンチャー企業との協業などを推進。17年三井住友フィナンシャルグループ取締役兼副社長。19年4月より現職
野中 郁次郎(のなか・いくじろう)氏
一橋大学名誉教授
1935年生まれ。2016年1月より日本学士院会員。知識創造理論を世界に広めたナレッジ・マネジメントの権威。02年紫綬褒章、10年瑞宝中綬章を受章。17年米カリフォル ニア大学バークレー校ハースビジネスクールより「Lifetime Achievement Award(生涯功労賞)」を受賞。著書に『失敗の本質』『知識創造企業』『知的機動力の本質』『構想力の方法論』など多数

太田 実は私は、常務だった2012年当時に一橋大学の社会人講座で野中先生からSECIモデルの講義を受けています。個人の暗黙知を、共同化(Socialization)や表出化(Externalization)、さらに連結化(Combination)、内面化(Internalization)の4つのフェーズを経ることで組織共有の形式知にしようとする知識創造のプロセスに、たいへん感銘を受けました。野中先生の講義を受けた直後に海外戦略の立案を命じられましたが、これは暗黙知を形式知に変えるいい機会だと思いました。

 最初に実行したことは、メンバー全員に私が徹底的に語り尽くすことでした。02年から06年までシンガポールに赴任した経験があり、4年間で200回も出張してアジア全域を見て回ったので、私がアジアで経験したことを、メンバーに疑似体験させようとあらゆる話をして、いかにアジアが有望な市場かを伝えました。メンバーの意識が統一化され、方向性が見えてきたところで、具体的な戦略に落とし込んだのです。すべての過程でSECIモデルを意識し、できるだけ戦略を可視化、ストーリー化し、資料も動画にするなどイメージしやすいように考えました。それを役員会でプレゼンテーションした結果、正式に戦略として認められたのです。

野中 まさに知の創造ですね。しかも個人の知ではなく組織的な集合知と言えるでしょう。 SECIモデルの「S」を意味する共同化とは「共感」のことで、つまり相手の考えを分析する前に、相手の視点になりきるわけです。その共感をベースにして初めて対話が始まり、知的議論に発展する。みんなでワイワイやりながらコンセプトやモデルを語り合い、それを何度も繰り返す。これは簡単なように見えますが、たいへん難しい。人間と人間のぶつかり合いですからね。

 しかし最近の日本企業の多くは、こうした「知的コンバット」と言える行動を避けてしまいがちです。しかもマネジメントのサイエンス化が進んで、データから事業の計画立案をするばかり。人間としての野性味やバイタリティーといった感覚が劣化しているのではと感じます。日本企業が最近、急激に衰退したのも、この辺に原因があると思いますね。本来なら全身全霊で互いに向き合い、共感しながら新しいアイデアを紡いでいくことが重要なはず。しかし、こんな楽しいことができる場が少なくなってきています。

 人間が生きている「時間感覚」というのは数字による客観的な時間というより、主観的な時間ですよ。「仕事に我を忘れる」と言いますが、楽しいからやっているのです。しかし働き方改革とかいって、客観的な時間で「もう5時ですからお帰りください」となってしまう。それでいいのでしょうか(笑)。日本企業が本来持っていたチャレンジ精神をもう一度復活させるには、チームのコミュニケーションを深め、さらにアジャイルとかスクラムとかいわれるように、スピードを速めてどんどん実行していくことが重要になっています。我を忘れるという言葉の本当の意味は「自分を超える」ことです。そこまで徹底して議論していかないと、暗黙知を形式知にするところまで行くのは難しい。デザイン経営も含め、この辺の重要性を分かっていない経営者がたいへん多い。そこが日本企業の最大の問題点だと思います。