アスクルの商品開発の裏側に迫る本連載。今回は特別編として、近年注目を集める新しい防災の概念「フェーズフリー」に着目した商品展開を目指すプロジェクトについてまとめる。徹底したデータ分析による商品開発に定評のあるアスクルにおいてはまれな、企画先行型の開発を行った本プロジェクト。その経緯に迫った。
近年、商品・サービス開発の分野で注目を集めつつある言葉がある。それが、「フェーズフリー」だ。平常時と災害時という社会のフェーズを取り払い、普段使用している商品やサービスが災害時にも役立ち、かつ安全を守るという概念。“兼用”であるため、無駄なコストや備蓄スペースを省けることがメリットだ。アスクルでも、2019年からフェーズフリーの商品の取り扱いをスタートし、「バケツにもなる撥水バッグ」「ベッドになる強化段ボール」「目盛り付きデザイン紙コップ」など、斬新な商品を展開している。
アスクルが、フェーズフリーの商品開発を行うきっかけになったのは、自然災害が多発する昨今、顧客の困りごとが顕在化してきたからだ。アスクルのユーザーを対象に企業における防災対策についてアンケートを取ったところ、関心や意識が低いといった声に加え、「準備が必要だと思っているが、予算がない」「備蓄にかかるコストが大きい」といった悩みを抱える声が目立った。特に、中小企業では課題が多いことが分かった。
そんな中、2018年に社団法人フェーズフリー協会が発足し、協会の代表理事である佐藤唯行氏と仕事上のつながりがあったアスクルでMRO・メディカル統括部長を務める西原利仁氏は、「ユーザーが抱える課題を解決する方法としてアスクルでも取り組んだらどうか」と考え、フェーズフリーのプロジェクトを立ち上げた。
通常、アスクルは購買データや顧客ヒアリングなどのデータを基に、徹底した分析を行って商品開発を行う。この連載の他の回でもその様子は分かるだろう。対して今回は、フェーズフリーという新しい概念が課題解決につながるという認識を基に、まだデータがあまりない中で商品開発を行っていくことになった。同社としては極めて珍しいケースだ。「当初は社内で理解が得られるか懸念があった。だが、『会社内に防災グッズの置き場所を確保する必要がなく、いつも使っているものが災害時にも使える』というフェーズフリーの社会的意義を説明して回り、経営陣やMD(マーチャンダイザー)から賛同を得られたことでプロジェクトをスタートできた」と西原氏は語る。
MDから広く商品アイデアを募集し、一つずつ検証
商品開発も異例づくしだ。まずプロジェクトの開始に際し、生活用品や家具、文具といった各カテゴリーから1人ずつメンバーを集めて、部門横断型の研究会を発足。研究会メンバーで集まり、西原氏がフェーズフリーの概念や事例を紹介しながら理解を深めることから始めた。
ここで西原氏が意識したのが、プロジェクトの方向性を徹底的に共有することだ。「初期の会議では、フェーズフリーになじみのないメンバーが多かったので、集まって議論をしていてもどこかつかみ所がないという印象もあった」と研究会メンバーで品質マネジメントの石川康介氏はスタート時を振り返る。そんな中、西原氏はフェーズフリーの考え方や意義について、何度も説明をしていった。
そんな中で取り組んだのが、社内のMDにフェーズフリー商品のアイデアを広く出してもらうことだ。フェーズフリーの考え方に沿った企画がつくれるように、エントリーシートを用意。例えば、最も重要な「日常時の用途・価値」「非常時の用途・価値」を端的に書き込めるように工夫したり、どのような災害に備えるものかのチェックを入れられるようにしたり、フレームワークを整えることで認識を共有していった。
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