ペーパーレス化が進む時代に、なぜか売り上げを伸ばす紙用のファイルがある。アスクルの商品開発の裏側に迫る本連載。今回取り上げるのは、介護業界での使いやすさを重視して開発した「リングファイル<スリムスタイル>ハードタイプ」だ。異例のヒットの陰にある開発の現場に迫った。

19年に販売を開始したアスクルオリジナル商品「リングファイル<スリムスタイル>ハードタイプ」。当初は3色展開だったが、20年には2色を追加して5色展開に。価格は1冊349円(税別、まとめ買いの場合は割り引きあり)
19年に販売を開始したアスクルオリジナル商品「リングファイル<スリムスタイル>ハードタイプ」。当初は3色展開だったが、20年には2色を追加して5色展開に。価格は1冊349円(税別、まとめ買いの場合は割り引きあり)

 アスクルでは、2019年に介護現場での使いやすさに特化したリングファイル「リングファイル<スリムスタイル>ハードタイプ」の販売を開始。売れ行きが堅調なことから、20年には既存の3色展開(青と黄緑とピンク)にオレンジと緑を加え、5色展開へとカラーバリエーションを増やした。販売から2年がたってもなお、売り上げを伸ばしている、隠れたヒット商品だ。

 なぜ、介護業界をターゲットにリングファイルを開発することになったのか。それは、データに基づいた商品の見直しによって、成長の芽を発見したからだ。

 「ファイル類は、オフィスのペーパーレス化や在宅勤務の拡大により、全体としては売り上げの減少傾向が続いていた」と、アスクル マーチャンダイジング本部 OAPC・文具統括部 文具 ファイル・事務用品の河野里穂氏は話す。だが、詳しく調べてみると、意外にも好調なジャンルが見つかった。それが、リングファイルだった。

好調のリングファイル、一体誰が買っているのか?

 そこでリングファイルについてさらに深掘りをした。まず見たのが、購入者の業種別構成比だ。調べたところ、ファイル全体と比較して、リングファイルは介護業界の構成比が圧倒的に高く、この業界での伸長率も高いことが分かった。さらに、どのように介護現場でリングファイルが使われているか、アンケートを実施。すると、介護施設では施設利用者のサービス計画書や記録などをとじたカルテが1人1冊必要とされ、その際にリングファイルが選ばれていることが浮かび上がった。

■ ファイル全体とリングファイルの業種別の販売構成比
■ ファイル全体とリングファイルの業種別の販売構成比
アスクルにおけるファイル全体とリングファイルの業種別の販売構成比。アスクルが扱うファイル全体と比較して、介護の構成比が非常に高く、伸長率もよいことが分かった。アスクルにおける2017年5月21日~18年5月20日までの販売データより

 また、介護業界では、紙での長期保管が義務付けられている書類が多い。「直近では紙がなくならない業界だといえる。高齢化が進行する中、高齢者の介護施設の利用者は今後も増えることが予想され、介護現場に特化した商品開発を行えば、よりいっそうリングファイルの需要が伸びるのではないかと考えた」と、河野氏は話す。

 そこで介護現場を訪問し、ヒアリングを実施。現場での困りごとを徹底的に掘り起こした。「この聞き取り調査により、介護現場でなぜリングファイルが好んで使われているのかも見えてきた」(河野氏)。紙に穴を開けてとじるタイプのファイルは、リングファイルの他、パイプ式ファイルとフラットファイルの主に3種類がある。パイプ式ファイルとフラットファイルは、時系列に沿って書類を追加するのに適しており、途中に書類を追加するのに手間がかかる構造。対してリングファイルは、必要な箇所に紙を抜き差ししやすい特長がある。また、リングファイルは閲覧する際にフラットに開いてとじた紙が折れないが、他の2種類のファイルは開いたときに紙が折れるため、閲覧頻度が高い現場では見づらいというデメリットがある。こうした理由から、介護現場でリングファイルが選ばれていることが分かった。

 介護現場で選ばれているリングファイルだが、現場の声を拾っていくと、使用時に不便を感じている点も見えてきた。整理すると、「紙の抜き差しが頻繁に発生するのでファイルを開きやすくしてほしい」「オフィスのスペースが限られているため、背幅が厚いと人数分入らない」「書類の抜き差しが頻繁に発生するので、そのたびに紙が落ちないようにリングから外れにくい仕組みが欲しい」「閲覧頻度が高いので表紙が丈夫なものでなければ破損しやすい」「スタッフが情報を共有するためにメモを使うことが多く、裏表紙にポケットが欲しい」「重要書類も多く、リフィルがはみ出さないものが欲しい」という6つの困りごとが浮かび上がってきた。

介護現場でのヒアリングの結果、リングファイルに関して6つの困りごとが浮かび上がってきた
介護現場でのヒアリングの結果、リングファイルに関して6つの困りごとが浮かび上がってきた

 そこで新商品の方向性として、この6つの困りごとをすべて解決することを決定。既に、ワンタッチで開閉できるとじ具を搭載したコクヨ製の背幅のスリムなリングファイルを扱っており、ファイルの開きやすさや背幅の厚さ解消、リングから書類が外れにくい機能は同商品で対応できていたため、「その他のすべての課題を解決する“全部盛り”の商品をつくろうと考えた」(河野氏)。そこで、既存のコクヨ製商品をベースに、オリジナル商品の開発を進めていった。

NB商品より高いオリジナル商品は売れるのか

 最も苦労した点は、顧客の希望に沿うすべての機能を盛り込みながら、購入してもらえる価格にすることだ。商品開発をする際、コストが折り合わず、当初予定していた機能を付けられないケースはよくある。当然、機能を盛り込めば盛り込むほど価格は上がる。新型リングファイルもその懸念は高かった。しかし、「介護現場で働く人の困りごとをすべて解決しようという発想からスタートしたため、当初想定した機能すべてを盛り込むことが不可欠だった」(河野氏)。

 そこで、どの程度の価格帯ならば、既存の商品より高くなっても使ってもらえるかを調査することにした。「リングファイル1冊当たり、どの価格帯なら使ってみようと思えるか」という現場の声を収集。その結果、性能の良いものならば「300円以上」という回答が全体のおよそ50%にもなった。

 機能と価格のバランスを徹底的に突き詰め、棚に立てかけた際にたわまない丈夫な表紙にするために、表紙厚を0.85mmから1.17mmに変更。さらに、裏表紙にメモを挟めるポケットを装着し、リフィルがはみ出さないように表紙の幅も拡大した。そうして最終的には、既存品が税別296円であるのに対し、税別349円で販売を開始することを決断した(どちらもまとめ買いの場合は割り引きあり)。

今回のリングファイル<スリムスタイル>ハードタイプ(左)は、一般的なリングファイル(右)に比べて表紙を厚くしているため、丈夫で、しかも棚に入れても倒れにくい
今回のリングファイル<スリムスタイル>ハードタイプ(左)は、一般的なリングファイル(右)に比べて表紙を厚くしているため、丈夫で、しかも棚に入れても倒れにくい
今回の商品(右)は、一般的なファイル(左)に比べてワイドな表紙を採用し、リフィルがはみ出さないようになっている
今回の商品(右)は、一般的なファイル(左)に比べてワイドな表紙を採用し、リフィルがはみ出さないようになっている
消費者の声を受け、表紙裏にポケットも配置
消費者の声を受け、表紙裏にポケットも配置
■ リングファイルの購入予算についてのヒアリング結果
■ リングファイルの購入予算についてのヒアリング結果
「勤務先で1冊当たりの収容枚数がコピー用紙約200枚の2穴リングファイルを購入する場合、1冊当たりの予算としてどのくらいの価格帯のものを購入しますか」というアンケート結果(n=1643)。300円以上でも購入するという意見が約50%という結果に

 アスクルはPB商品として、低価格帯のリングファイルも扱っている。そんな中であえて介護現場での使いやすさという極めてピンポイントなターゲットにフォーカスを当て、高価格帯の商品を新たに開発することは当然リスクも伴う。だが、「付加価値のある商品開発は、アスクルだけの強み。価格競争に飛び込むよりも、アスクルでしか買えない商品に魅力を感じて買ってくださる顧客の心をつかむ商品を開発する意義があると感じていた」と河野氏は話す。

販売から約半年後の調査で判明した未対応のニーズ

 19年の2月販売開始以降、介護現場を中心に好調に滑り出し、ユーザーからも「しっかり立ち、曲がりにくい」「大きめのインデックスでしっかりと収まる」といった高い評価のレビューが届いた。そこで、さらなる新規顧客にアプローチしようと、同年9月にアンケートを実施した。

 調査のポイントとなったのは、ファイルのカラーだ。

 介護業界の顧客に、何色のリングファイルを使用しているか尋ねたところ、1色から3色までが70%に上った。しかし、実は23%は、担当者別、年度別などに分けて4~5色ものリングファイルを利用していることが判明。「従来の3色展開では、こうした顧客を取り込めていない」(河野氏)ことから、介護現場での視認性が高いオレンジと緑の2色を追加し、20年2月から5色展開を始めた。

 「色が追加されたことでシリーズの底上げにつながり、年間を通じて常に対前年を上回る販売実績を記録する商品に成長した。介護業界はコロナ禍でも稼働しており、ファイルの需要も高い。2色の追加により、他の商品からの移行もしやすくなった」と、河野氏は好調の要因を分析する。

 狙い通り介護業界で支持されているのかを調査してみると、意外なことが分かった。利用者で最も多いのが介護関係者で全体の25%を占め、伸長率は133%と高水準なのは想定通り。だが、それだけでなく、医療や教育の現場でも売り上げを伸ばしていたのだ。「介護現場の困りごとを解決したことでかゆいところに手が届く商品として、他業種でも支持されたのではないか」と河野氏は話す。

■ファイル類の業種別の販売構成比
■ファイル類の業種別の販売構成比
ファイル全体、リングファイル全体、そして新商品のリングファイル<スリムスタイル>ハードタイプの業種別販売構成比。販売開始から2年後、改めて業種別の構成比を調べると、介護現場で非常に高い支持を得られていることが分かった。さらに、教育や医療機関での販売も伸長。アスクルにおける20年11月21日~21年5月20日までの販売データより

 実際、5色展開後もユーザーからは「初めて購入したが、今までと比べると丈夫で使いやすい」などといった声が上がっており、徹底的に現場の声を聞き出し、データを洗い出し、顧客の課題に寄り添った商品開発がターゲットを超えて響いたといえる。

(写真提供/アスクル)

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