2019年11月30日に渋谷、新宿への直通運転を開始した相模鉄道(相鉄)。都心乗り入れを好機と捉え、相鉄の知名度を上げて沿線人口の増加を目指す取り組みを続けている。住民の高齢化が進むニュータウンを活性化すべく、切り札として誘致を進めるのが食の「名店」だ。
「少子高齢化の影響を受け、人口減少が始まっている」。相鉄ホールディングス経営戦略室の山北奈穂子課長は、相鉄沿線の状況をそう懸念している。相鉄が走る横浜市西部の3区(旭区、泉区、瀬谷区)の人口動態を見ると、11年以降、わずかではあるが人口が減り続けていることがわかる。横浜市が推計した将来人口によると、東京都心に近い港北区、鶴見区、横浜駅やみなとみらいがある西区は人口増加が続く一方、都心とは距離がある市西部と市南部は一貫して人口が減少するとされている。
19年11月に相鉄・JR直通線が開通したことにより、都心への所要時間は15分ほど短縮。それ以上に利便性が大きく向上した点は、1日中混雑している横浜駅での乗り換えがなくなったことだろう。19年10月に開催された相鉄・JR直通線の試乗会に参加した子連れの女性は「都心への直通が始まることが決め手となって相鉄沿線の鶴ヶ峰(横浜市旭区)に引っ越してきた。乗り換えなしで都心に出られるようになるのを心待ちにしていた」と喜ぶ。
ただ、都心への乗り入れは相鉄沿線のハンディを克服しただけ。首都圏の他の鉄道路線とようやく肩を並べられるようになったにすぎない。人口減少社会に突入する中で、相鉄沿線に居住してもらうためには、他にはない魅力を打ち出すことが重要だ。
都心から離れた相鉄沿線は、緑が豊かでゆったりとした環境。住み心地がいいという評価がある一方で、典型的なベッドタウンで商業施設が少ないのが弱点だった。「中でも充足感が低いのが食」(山北氏)。横浜駅まで出れば飲食店はいくらでもあるが、ターゲットに据えている子育て世代は、自宅から遠くに食べに出掛けることが難しい。そこで相鉄ホールディングスが14年に立ち上げたのが「相鉄沿線名店プロジェクト」だ。
有名店から独立し、自らの店を構えたいと考える料理人は少なくないが、店舗への投資などハードルが高い。そこで相鉄が線路脇などの鉄道用地に店舗を建て、出店者の希望を聞きながら内装まで整え、低廉な賃料で貸し出す。誘致第1号となったのは14年12月に弥生台駅(横浜市泉区)にオープンした「ペタル ドゥ サクラ」。フレンチの名店「ミクニヨコハマ」で支配人兼料理長を4年間務めた難波秀行氏をオーナーシェフとして招いた。翌15年12月には、緑園都市駅(横浜市泉区)の高架下に和食「酒と板そば『ともしび』」が第2号店としてオープンした。
18年からは「リッツカールトン ワシントンD.C.」の総料理長などを務めた山本秀正氏をプロデューサーに起用。山本氏の人脈を活用して、30代の若手料理人を沿線に誘致している。18年1月、弥生台駅前の商業施設「相鉄ライフ やよい台」に和食店「蒼 -aoi-」、19年8月にはいずみ中央駅(横浜市泉区)直結の「相鉄ライフ いずみ中央」に「パスタ&ワイン『sacco(サッコ)』」が開業し、プロジェクトによる飲食店は4店舗まで増えた。
大手外食チェーンと組めば、より迅速に飲食店を展開できそうなものだが、「それでは相鉄沿線ならではの魅力にはつながらない」と山北氏。そこにしかないオンリーワンの店をつくることが重要だという。店主に30代の若手を起用しているのは「地域に根を張り、長く店を続けてもらいたいから」(山北氏)。
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