一休社長の榊淳氏が気鋭のデータサイエンティストを訪ね、「データサイエンスの未来」を語り合う対談企画。今回は「カスタムAI」開発を手掛けるスタートアップ、Laboro.AI(ラボロエーアイ、東京・中央)の椎橋徹夫CEO(最高経営責任者)を訪ね、インターネット系とAI(人工知能)系とで大きく異なるスタートアップの「成功パターン」などを議論した。
榊淳氏(以下、榊氏) 椎橋さんと僕にはボストン コンサルティング グループ(以降、BCG)のOBという共通点がありますが、改めてご経歴からお話しいただけますか。
椎橋徹夫氏(以下、椎橋氏) 米国の州立テキサス大学で数学と物理を二重専攻で学び、卒業しました。当初は研究者を目指していたのですが、物質の構造を知るよりも、ダイナミックな社会システムを数理的に解析することに関心を持つようになった。そこで一度、社会に出て、その仕組みを体感してからアカデミアに戻ろうと考えました。そこでリアルな世の中の問題を数理的に解決できる仕事を探したところ、経営コンサルティングという仕事を知り、新卒でBCGに入社しました。
榊氏 大学から米国に行ったのは、どんな経緯からですか。
椎橋氏 高校までは日本なのですが、幼少時に少しだけ米国に住んでいたことがあり、戻りたいと思ったのです。大学では、脳科学を極めるための根源的な研究をしたいと考えて専攻を選んだのですが、紆余(うよ)曲折があって、今はAIをやっています。当時やりたかったことが、形を変えて実現したことになります。
大学を卒業したのは2006年で、コンピューターサイエンスやインターネットが全盛期の頃。まだ現在の第3次AIブームは始まっていませんでした。
榊氏 まさにインターネットの全盛期ですね。僕が米国の大学を卒業したのは03年で、当時はグーグルが飛ぶ鳥を落とす勢いでした。グーグルに就職したいと思う学生はもちろん、「次のグーグル」になるビジネスを作りたいと考えている人たちがたくさんいた時代です。大学卒業後に入ったBCGでは、どんなプロジェクトに加わったのですか。
椎橋氏 戦略を考えるプロジェクトを数多く手掛けました。製薬会社の創薬プロセスの改善プロジェクトや、小売企業の顧客行動分析、店舗オペレーションの最適化を行うプロジェクトなど、サイエンスとビジネスとが融合している領域が多かったです。
その後、12年ごろからビッグデータやデータサイエンスが注目を集めるようになり、BCGでプロジェクトのリーダー役を務めるようにもなりました。同時に、もう少しアカデミアに近いところに身を置き直して、これまでやってきたことを検証したいと考えるようになった。そこで、東京大学の松尾豊研究室で、寄付講座の運営統括の仕事に関わったのです。
榊さんに(松尾研究室での)講演会に来ていただいたのは、ちょうどその頃です。榊さんのお話は学生たちにとって、とても印象深いものでした。
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