デザインに定評があるヤマハ発動機が、社内デザイン部門を立ち上げたのは2012年。その中にあるフロンティアデザイングループは、ある意味「モノをデザインしないデザイン部門」。社内のビジョン共有やモチベーション向上、組織の壁を越えたつなぎ役としての活動が中心だ。こうした組織がなぜ必要になったのか。ヤマハ発動機の田中聡一郎氏と、同社のデザイン思考を活用した取り組みを支援してきたIDEOの田仲薫氏に聞いた。

ヤマハ発動機のクリエイティブ本部は、壁のない独特の空間が広がる。写真は2017年開設当時のもの(写真提供/ヤマハ発動機)
ヤマハ発動機のクリエイティブ本部は、壁のない独特の空間が広がる。写真は2017年開設当時のもの(写真提供/ヤマハ発動機)

2012年に生まれた社内デザイン部門

デザイン思考を取り入れようと考えた背景からお聞かせいただけますか?

田中聡一郎氏(以下、YMC 田中氏) ヤマハ発動機は、モーターサイクルの世界では「デザインのヤマハ」といわれてきましたが、創業以来デザインを外部委託していました。12年に当時の柳弘之社長(現会長)が「コンセプト、技術力、デザイン」の3つが大事だとして、コンセプトとデザインをさらに重視する方針を打ち出した。それでデザイン本部(現クリエイティブ本部)を立ち上げ、長屋(長屋明浩氏)をデザイン本部長に迎えました。それまで社内にデザイン部門がなかったんです。

 私は、以前は音楽や楽器のヤマハのプロダクトデザイナーでした。同じヤマハでも別会社です。デザイン本部発足翌年の13年に、ヤマハ発動機に転職してきました。

 デザイン本部は、当初は商品デザインからブランディングの強化に取り組んでいましたが、新規事業領域の拡大とともに、新しいユーザー体験の提供が求められ始めていました。そこでフロンティアデザイン部という、先駆的に体験価値を創造するチームを立ち上げることにしました。特に新しい領域にチャレンジしていくうえで、デザイン思考を活用できないかと考えて、IDEOさんに相談したのが、最初でした。

田中 聡一郎
ヤマハ発動機 クリエイティブ本部 副本部長
ヤマハにて、楽器やオーディオ、スポーツ用品などさまざまなプロダクト、先行開発プロジェクトに携わった後、ヤマハ発動機に合流。新価値創造の加速をミッションとするフロンティアデザインチームを率い、現在はクリエイティブ本部副本部長を務める

最初はどのようなプロジェクトからスタートしたのでしょうか?

田仲 薫氏(以下、IDEO 田仲氏) 最初からプロジェクトをスタートするのではなく、まずはお互いを知り、デザイン思考との相性を見てもらうために2日間のワークショップから始めました。

複数のプロジェクトでデザイン思考の使いどころを探る

YMC 田中氏 ワークショップを終えて最初のプロジェクトのテーマは、「ヤマハらしいHMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)の概念の創造」というものでした。モーターサイクルでいうと、メーターやスイッチからボディーの一部までがインターフェースであり、人と乗り物の一番の接点となるわけです。そこで起こることを体系化して、独自性と顧客価値のエッセンスをつくりたいと思っていました。

 そこで、自分たち独自のHMIを考えるうえで、いわゆるプロダクトアウトなアプローチだけではない方法を試そうと考えました。

IDEO 田仲氏 このテーマは、いわゆる典型的なデザイン思考の、課題解決型のテーマとは違いました。でも「抽象と具象(概念と実体)を行き来する」、そして、概念的なものを「形にする(プロトタイプ化する)」というデザイン思考の特徴がはまりました。そこで一通り、デザイン思考の基本的なプロセスを体験していただきました。

YMC 田中氏 そのときのメンバーは12人、うちエンジニアが3人。外国人社員も何人かいる混成チームで、誰がどう反応するか見てみたかった。みんな最初は半信半疑で、やりながら納得していく感じでしたね。

 それが最初の取り組みでした。その翌年にもIDEOさんとコラボレーションしています。農業という新しい分野で、新規事業をどう形にするか……。その前に、関係者の思いをまとめて、ビジネス・ビジョンをどうつくるか。事業や開発と、実際の市場や農業従事者、さらに農作物を口にする生活者視点からも考えるプロジェクトとなりました。

IDEO 田仲氏 前回のHMIのプロジェクトでは体験できなかった「新規事業」がテーマのプロジェクトをご一緒することで、聡一郎さんもデザイン思考の可能性が見え、活用できるエリアを模索できて、社内でどのように生かしていくのかのイメージがより鮮明になったと思います。

田仲 薫
IDEO デザインディレクター
ユーザー・エクスペリエンス、ブランディング、マーケティング、デザイン・リサーチ、サービス・デザイン等の幅広い実績を生かし、クライアントやチームの戦略・実行プロセスを支援するデザインディレクター。慶應義塾大学環境情報学部卒

多様化するデザイン部門の役割:コンセプトへ、ビジネス視点へ

IDEOチームがヤマハ発動機でディスカッションしている様子
IDEOチームがヤマハ発動機でディスカッションしている様子

IDEOとの最初のコラボレーションのとき、すでにフロンティアデザイン部門はあったんですか?

YMC 田中氏 はい。フロンティアデザイングループ(発足当時はフロンティアデザイン部)は16年に立ち上げました。

 デザイナー以外のメンバーは当初からいましたが、現在はプロダクトデザイナーはもちろん、サービスデザイナーのほかに、車両設計やAI(人工知能)などのエンジニア、心理学者もいます。デザインに求められるニーズの変化を想像しながら、メンバーも入れ替えてきました。18年、19年のIDEOさんとのコラボレーションの後も、自分たちなりのやり方を模索し続けています。まだ開発途中なんですが、我々流のクリエイションのための思考を「バリュー・ドリブン・シンキング」としてまとめ、最近はさまざまなプロジェクトで運用しつつあります。

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