デザイン思考の成功と失敗の分かれ目についてIDEO Tokyoに聞き、組織内でぶつかりがちな壁が見えてきた。前回に続き、具体的なプロジェクトとして、JAXAとIDEOが“人々の体験”に焦点を当てて共創した未来の空のシナリオ「Future Blue Sky」を取り上げる。最初の成果を組織に広げるフェーズで苦心している真っ最中だ。

組織全体に広げるフェーズの難しさ

小さく始めて、形にできても、それを広げていくのはまた別の難しさがあるということですね?

野々村健一氏(以下、野々村氏) 本当に難しいのはスケールするところなんです。確か、プロジェクトの成果を発信した直後くらいにも、社内では厳しい声がありましたよね。

岡本太陽氏(以下、岡本氏) ウェブサイトにアイデアのプロトタイプとして4つのシナリオ「Future Blue Sky」を公開し、同時に社内にも発信しました。これを1つの土台にしてディスカッションを始めましょう、と。

 でも内部からは「JAXAのような技術のプロ集団が、なぜ技術が見えないような絵を描いてるの?」というような自分たちの誇りや矜持を問うような意見もありました。「ピンと来ない、どう反応していいのか分からない」という声も少なくなかった。

 プロトタイプは、JAXAの技術はいったん置いておいて、広く「人々にとっての未来の空」という視点で描いたので、我々が持っている技術とマッチングされていません。どうアクションしていいか分からないのも、無理ないんです。

 当初からの想定内ではありましたが、「では、自分たちとのブリッジをどうするの?」という声はずいぶん出たし、今も問われています。

岡本太陽
宇宙航空研究開発機構 (JAXA) 
第一宇宙技術部門 事業推進部

大学卒業後、旧宇宙開発事業団に入社。文部科学省出向、調査国際部等を経て、経営学修士(MBA)を取得。その後、航空技術部門にて事業の企画・運営を担当する中で、「Future Blue Sky」プロジェクトに参加。現在は、第一宇宙技術部門にて人工衛星データの利用を推進する仕組み作りなどにも取り組む。

保江かな子氏(以下、保江氏) プロジェクトの第1フェーズの目的は、「新しい研究の方向性を見つけること」だったので、私としては、むしろ当初の目的を果たすポテンシャルを見いだせたと思っています。そして、このプロトタイプを実現するために、「JAXAが研究開発していくべき技術(既存のものか、新しいものかは問わず)」を見いだすことを、第2フェーズとして位置づけています。

「こういう未来が求められている」という絵が描けたのに、「それを具現化する技術がうちにはない」となると、焦る気持ちも分かります。

野々村氏 本当は経営視点からすれば、そのギャップこそが重要です。「新しいもの」はそこから生まれるのですから。

岡本氏 どの組織もそうだと思いますが、JAXAにも長年培ってきた能力やアセットがあります。こういう活動では、それを否定しないことも大事だと思っています。

 今まで継続してきたことも正しい。でも、それだけでは将来的にリスクがあったり可能性を狭めてしまったりするので、手札を増やすためにこういう活動も意味があると。我々の強みとして、ポートフォリオを増やすんだという位置づけで、社内に共有していきたいと思っています。

既存事業とのあつれきは予想できます。

野々村氏 それはどこでもあります。でも一方、外からは好意的な反応をたくさん受け取っています。

岡本氏 そのとおりなんです。「JAXAってこんなふうに空の未来を考えてたんだ!」と。自分たちはややもすると、政策の実施機関として、決められた枠の中の存在として見られてしまいます。もちろんそれも間違っていません。

 ところが今回、誰も描いていなかった「空の未来」の全体像を提示した。あくまでディスカッションのためのプロトタイプですが、その姿勢を見せたことに対するポジティブな反応は大きいものでした。

具体的にどんな手ごたえがありましたか?

岡本氏 同じように未来社会を描くのに悩んでいた企業、例えば建設会社や食品メーカーから反応がありました。どんな未来を描いて仕事をしたらよいか悩んでいるなかで、「いちばん人の生活から遠そうな国の研究機関のJAXAがこれをやるなら、我々もできるんじゃない?」と。「どうやったんですか? 聞かせてください」という声を頂いています。

保江かな子
宇宙航空研究開発機構 (JAXA) 
航空技術部門 数値解析技術研究ユニット/次世代航空イノベーションハブ

大学院博士課程修了後、JAXA入社。数値シミュレーションを軸に、航空機を用いた飛行試験等の研究を担当。その後、航空技術部門事業推進部にて事業企画・運営を担当する中で、Future Blue Skyプロジェクトを企画・立案。現在、同部門数値解析技術研究ユニットにて数値シミュレーションの研究を本業としつつ、Future Blue Sky後継活動にも従事。

保江氏 Future Blue Skyに対するフィードバックセッションや、第2フェーズのデザインリサーチを実施したときも、「まさかJAXAの人がこんなことをやっているなんて思わなかった」「自分たちとは全然違う世界の人だと思っていたけれど、ベースにある問題意識や目指すところに、共通点があるんだ!」といった声を頂き、勇気づけられています。

野々村氏 19年は、観光庁から「G20観光大臣会合でこのプロジェクトについて話してほしい」という依頼がIDEOにありました。Future Blue Skyを事例として、官民が協働して人間中心のイノベーションをけん引するためのアプローチについて、IDEO Tokyoのメンバーがスピーチをさせていただきました。

 社会全体としては、共感してくれる人がすごく多いプロジェクトです。世の中が反応すれば、社内も動き始めます。今後は、「志を共有する相手」が組織を越えてつながり、社内外の線引きも変わってくると思っています。

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