20年夏、多くの外国人を迎え入れる国立競技場。アスリートが活躍する舞台としてはもちろん、日本文化の魅力を内外にアピールするショーケースとしての役割を果たす。住宅用の木材を多く使い、和の空間を実現したデザインとともに、課題である暑さや寒さへの対策をリポートする。
国立競技場を訪れた人の目にまず留まるのは、競技場の壁面に設置された軒庇(のきびさし)だ。この木材によって作られた軒庇は、新しい競技場を印象付けるデザインアイデンティティーでもある。
「国立競技場は、神宮の杜にある木と緑の『杜のスタジアム』というコンセプトで設計した。水平な軒庇は、日本建築の特徴であり、深い陰影と木の質感によって温かく優しい雰囲気を作る効果がある」と国立競技場の設計管理技術者を担当した、大成建設設計本部 建築設計第二部部長の川野久雄氏は説明する。
第1回 国立競技場の隈研吾氏 目指したのは「地味な幸せと和の本質」
第2回 国立競技場の設計者、隈研吾氏が語る住民視点と「負ける建築」
第3回 今回
第4回 国立競技場設計責任者に聞く“世界最高水準”トイレ開発の裏側
軒庇の木材は、住宅建材用などの用途で一般的に流通しているもの。全国47都道府県の認証を受けた持続可能な森から調達した杉(沖縄のみ琉球松)を使っている。「今後のメンテナンスしやすさに配慮し、コストが低く入手しやすい材料を採用した」と川野氏は話す。また競技場の方位に合わせて、各県の木材を配置している。特に北側、東側のゲートには、東日本大震災で被災した岩手、福島、宮城の木材を、南側ゲートには、熊本地震で被災した熊本の木材を配置している。
ゲートから入ってすぐ、天井に木材が流れるように配置された空間が現れる。木に見えるが、実はアルミに木目を焼き付けた部材が使われている。屋外のベンチにも木材が使われている。こうした細部を通して、来場者は国立競技場のイメージとして木が作り出す陰影や質感を記憶するだろう。高級感や豪華さとは無縁のデザインではあるが、近年大きな流れになりつつある、環境への負荷を減らし、持続可能性を重視する方向と一致する。そうしたメッセージが正確に伝われば、木の素朴な質感を生かしたスタジアムを支持する人は意外に多いかもしれない。
庇の間隔で風の流れをコントロール
国立競技場は、屋根が開いたオープンスタジアムである。そのため観客や選手が快適に過ごすためには、暑さと寒さへの対策が欠かせない。空調が使えないため、自然の風を活用できるかどうかが鍵になる。競技場の1番上の大庇(おおびさし)は、東京上空を吹く風をスタジアム内に取り込む役割を果たす。大庇を下から見上げると、方角によって格子の設置幅が異なることが分かる。夏に東京湾方向から吹く風をスタンドに流すため南側は設置幅が狭い。一方、北側は設置幅を広くして、冬の冷たい風はスタンドの上を通過させ、客席に吹き込まないようにしている。
風がそれほど吹かない日にはどうするか。客席の天井に設置された185台の気流創出ファンが活躍する。「スタジアムに、風を感知するセンサーが数か所設置され、気流創出ファンの稼働を判断する。風のない日に稼働させて観客席に気流を作る」(川野氏)。
共同で設計を手掛けた建築家の隈研吾氏は、「スタンドにいると、自然の風の流れを感じて夏でも快適だった」と話す。風を取り込む庇は一定の効果を上げているようだ。一方、冬はどうか。記者は19年12月15日に開催された竣工式で、フィールド内に設けられた取材スペースで午前中の1時間ほどを過ごした。天気は良く太陽が出ていたが、スタンドの屋根が作る日陰だったせいもあり、寒さに震えることになった。冬の寒さ対策は、今後の課題になりそうだ。
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