国立競技場が完成した。56年ぶりに東京で開催されるオリンピックのメイン会場は、時代を象徴するモニュメントとして、また日本の魅力を世界に発信する拠点としての役割を期待されている。その設計に関わった建築家、隈研吾氏がデザインに込めた思いを語った。
建築家、東京大学教授
1964年の東京オリンピックでは、丹下健三氏が国立代々木競技場の第一体育館と第二体育館を設計しました。それらを見て感動して、隈さんは建築家の道を志したそうですね。国立競技場の設計には、どのような思いを持って臨まれたのでしょうか。
隈研吾氏(以下、隈氏) 僕が少年時代に東京オリンピックを体験していたことは、当時と現代を対比させる上でとても役に立ちました。
あの頃、東京・渋谷周辺では旧国鉄の渋谷駅が唯一の大きな建物でした。そこに高い塔に屋根が連なる巨大なコンクリートの競技場が出現したので、度肝を抜かれたことを鮮明に覚えています。
64年には東海道新幹線も開通しました。僕の家は新横浜駅の近くにあり、周辺に広がる田んぼが遊び場でした。その田んぼの真ん中に、鉄筋コンクリートの高架橋が次々と立ち上がるのを見て、子供ながらに時代の大きな変化を感じました。そして国立代々木競技場が実現している「コンクリートのすごい東京」を目の当たりにして、「カッコいい!」と感動したのです。
当時の興奮や社会全体の盛り上がりを体験したので、オリンピックには社会や時代を動かす力があることを十分に理解しているつもりです。
今回の国立競技場のデザインでも、そうしたオリンピックが持っている力を意識したのですか。
隈氏 はい。しかしそれは64年のものとは質が違います。今にふさわしいやり方を建築に落とし込むことが大切だと考えていました。
現在は少子高齢化や経済の停滞など、さまざまなネガティブな状況があります。そんな現在にもやはり幸せはあります。それを建築によって見せたいと思っています。当時は高度経済成長期で「イケイケの幸せ」を誰もが目指していました。それに対して現在は、ある種の「地味な幸せ」を求める人が増えています。
地味な幸せですか。
隈氏 「縮む社会」における幸せと言い換えることもできます。国立競技場ではそうした幸せを表現しました。
今、木でつくられた空間が人気です。カフェをつくる場合でも、使用する木材の分量が大幅に増えています。建築やインテリアの雑誌のページをめくっても、木の色がかなり目立ちます。木でできたものに癒やされたり、そういうものに囲まれていることで、給料が増えなくても豊かに感じられたりするのではないでしょうか。大きな家を持つよりも、自分の気に入った古い木の家具があれば満足するという人も増えているような気がします。
オフィスデザインも変化しています。オフィスの広告を見ると以前はカチッとした空間が多かったのに、最近はリノベーションを施した空間に雑多な雰囲気を演出した写真が目に付きます。天井から壁まで真っすぐピシッとした空間で働くのはつらいという感じを、みんなが抱き始めているのではないでしょうか。
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