MaaSを推進する高速バス大手WILLER(ウィラー)のシンガポール子会社WILLERSは、ITS世界会議2019に合わせて自動運転の商用サービスを始めた。その狙いと、同社の東南アジア戦略、そして日本でのMaaSの展開について、村瀨茂高社長に現地でインタビュー。オンデマンドのシェアバス市場の創出など、驚きのプランが飛び出した。

WILLERSがシンガポールの国立植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」で始めた自動運転サービスの車両
WILLERSがシンガポールの国立植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」で始めた自動運転サービスの車両

“エンタメ自動運転”で商業化

2019年10月にはベトナム最大級の交通事業者であるMai Linh Group(マイリングループ)と組んで都市間バスの運行を始め、今回のITS世界会議2019では自動運転の商用サービスを始めました。東南アジアでは今後、どのような展開を考えていますか?

日本で展開が始まった「WILLERSアプリ」。現在は、「ひがし北海道エリア」と「京都丹後鉄道沿線エリア」が対象
日本で展開が始まった「WILLERSアプリ」。現在は、「ひがし北海道エリア」と「京都丹後鉄道沿線エリア」が対象

まず、1つのアプリで複数の交通を簡単に検索、予約、決済できるようにしたMaaSアプリの展開に関しては、19年10月28日に日本で正式リリースした「WILLERSアプリ」に続き、2020年1月をめどに同じWILLERSアプリをシンガポール、台湾、ベトナムの3カ国・地域でもスタートする予定です。そして20年夏ごろには、フィリピン、マレーシア、ミャンマー、カンボジアの4カ国でサービスを始める計画。先行した日本を加えて計8カ国・地域でMaaSアプリをローンチするのが、今のところ見えているタイムラインです。

 しかし、これはあくまで入り口にすぎません。我々は単にMaaSアプリを展開することが「目的」ではなくて、そこで得られる移動データを基に地域の交通課題を整理し、まずは不足しているモビリティサービスを新たに実装すること。それで確保した移動の自由をベースに、他の産業と連携しながら人々の移動をより増やせるような仕掛けを生み出すことを重視しています。だからベトナムでは都市間バスに取り組み始めましたし、自動運転も観光の目玉になり得るモビリティサービスであると考えています。

自動運転というと、いかに市街地で安全に走らせるかという技術目線ばかりですが、観光目的から商業化をにらんだ取り組みしているのがユニークです。

東南アジアといってもシンガポールだけは異質で、つまり公共交通がしっかり整備されていて、人口も約560万人と非常に少ない。だから、この市場でMaaSアプリを展開したところで、大きなインパクトはありません。そこで、我々は観光もしくはビジネスでシンガポールを訪れる海外の人向けのMaaSを手掛けようと考えており、観光目的の1つとして自動運転というキーワードが出てきたわけです。

 現在はレジャー施設が多数あるセントーサ島で商業化に向けた実証実験をしており、国立植物園のガーデンズ・バイ・ザ・ベイでは10月26日から商用サービスを始めました。今後はさらに2カ所を加え、その間をつなぐ観光用のシェアバスも導入する予定です。

 まず、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイでは、アトラクションとして楽しめる自動運転サービスを有償(大人は5シンガポールドル)で提供しています。夜間運行時に車両の窓をモニターに変え、そこにイルミネーションを投影して映像に合わせた音楽が流れる仕掛け。ワクワク感があって乗ること自体が目的になるモビリティで、101ヘクタールもある広い園内を楽しく快適に回遊することができる。ディズニーランドの園内を走るモビリティのようなイメージです。

 WILLERSアプリから予約可能で、MRT駅近くのBayfront PlazaからFlower Domeまでの2地点を結ぶ運行です。今後は、園内どこでもオンデマンドで自動運転車両を呼び出して乗ることができるようにサービスを拡張していきたいと考えています。園内では運転手付きのカートが運用されていて大人は3シンガポールドルで乗れますが、こうして自動運転の付加価値を上げていくことで選ばれるサービスに育てていきます。

ガーデンズ・バイ・ザ・ベイで行われた出発式。写真右端がWILLERの村瀨茂高氏。自動運転技術を持つシンガポール・テクノロジーズ・エンジニアリングと、車両開発の仏NAVYA、三井物産傘下でウィラーも出資している現地カーシェアリング大手のカークラブが協力
ガーデンズ・バイ・ザ・ベイで行われた出発式。写真右端がWILLERの村瀨茂高氏。自動運転技術を持つシンガポール・テクノロジーズ・エンジニアリングと、車両開発の仏NAVYA、三井物産傘下でウィラーも出資している現地カーシェアリング大手のカークラブが協力

 もう1つ、セントーサ島の実証実験は、WILLERSアプリでビーチステーションから自動運転車両をオンデマンドで呼び、一般道を含むルートを走行するというもの。現在は無料サービスなのですが、これを商業化していくにはガーデンズ・ザ・ベイとは別の魅力付けが必要だと考えています。

 ご存じの通りセントーサ島は、ユニバーサル・スタジオ・シンガポールや水族館、ビーチ、ゴルフ場など、観光素材が豊富にある所で、それらと島内のホテルや駅からの移動ニーズをつなげる役割が強くなる。そうすると、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイのように車両自体をエンタメ化するアプローチよりも、乗り降りが便利でストレスがないような車両や、セントーサ島内のガイドがしっかりできる車内インフォメーションの工夫が必要になります。

23人乗りの中型バスを自動運転車両に改造。こちらも、シンガポール・テクノロジーズ・エンジニアリングとのプロジェクト。実際に試乗したところ、時折ブレーキのショックが大きい場面もあったが、道幅にあまり余裕のない一般道でも対向車と問題なくすれ違い、スムーズに運行していた
23人乗りの中型バスを自動運転車両に改造。こちらも、シンガポール・テクノロジーズ・エンジニアリングとのプロジェクト。実際に試乗したところ、時折ブレーキのショックが大きい場面もあったが、道幅にあまり余裕のない一般道でも対向車と問題なくすれ違い、スムーズに運行していた

 観光×自動運転という中でも、切り口を分けて、それぞれで商用サービスのグレードアップを検討しています。これは何もシンガポールだけを想定した取り組みではありません。日本でWILLERSアプリを展開している東北海道や京丹後エリアなど、観光を起点にした地方のインバウンド対策の切り口になり得るでしょう。実際、我々は日本でも自動運転の実証実験を行う計画です。

自動運転の強みは見えてきましたか?

オンデマンドサービスを安全に実現できることだと思います。人間のドライバーが運転しているときに、急にあちらに迎えに行け、こちらに行けと指示が来るのは、安全上やはり限界がある。車内ガイドなどをするために「この場所でボタンを押す」といったタスクが1つでもあると、運転に集中できません。だから、これまでは何か新しいことをやろうとすると、「安全上やめよう」となることが多かった。その点、マルチアクションが可能になる自動運転は、運行サービスの向上という意味で大きなメリットをもたらします。

 もちろん、安全運転の面でも、自動運転車両はカメラやセンサーを複数付けているので、人間のドライバーに死角となっているものも見ることができる。安全、安心に関わる“予知能力”が飛躍的に上がるということ。すでにセントーサ島では、右折も含めて一般道を走るチャレンジングなテストができていますが、より精度を引き上げていきます。

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