欧州のバルト海東部に位置するリトアニア。人口300万人足らずのこの国に、世界のMaaS関係者を驚かせたスタートアップ、Trafi(トラフィ)が本拠を構える。2019年9月に独ベルリン市交通局(BVG)が正式リリースしたMaaSアプリ「Jelbi(イェルビ)」のほか、その技術力は米国の配車サービス大手・リフトも認める。知られざるトラフィの実像を明らかにする。

ベルリン市交通局のMaaSアプリ「Jelbi」
ベルリン市交通局のMaaSアプリ「Jelbi」

 「MaaSを例えるなら、モビリティの“オーケストラ”であり、都市が自律制御することが重要だ」。2019年10月にシンガポールで開催されたITS世界会議2019の講演で、Trafi(トラフィ)のマネージングディレクターを務めるChristof Schminke(クリストフ シュミンケ)氏は、そう語った。

 ご存じのようにオーケストラとは、弦楽器や管楽器、打楽器など複数の楽器が協調して曲を奏でる楽団のことで、様々なモビリティを1つのアプリに統合して価値を生み出すMaaSの概念とは確かに通じる部分がある。そして、オーケストラの指揮者に当たるのが都市行政であるという指摘も、欧州の公共交通が自治体主導のものだという背景を割り引いても、合点のいくところだろう。

 トラフィは、日本ではほぼ無名の海外スタートアップだが、すでに世界ではホワイトレーベル(相手先ブランド)のMaaSソリューションで確かな実績を残している。独ベルリン市交通局(BVG)しかり、米リフトしかり、都市によってはグーグルにも技術を提供しており、隠れたキープレーヤーだ。彼らは一体、どんなテクノロジーを有しており、MaaSソリューションを提供することで、どのようなメリットを都市にもたらそうとしているのか。シュミンケ氏に詳しく話を聞いた。

シンガポールで日経クロストレンドの取材に応じたトラフィのクリストフ シュミンケ氏
シンガポールで日経クロストレンドの取材に応じたトラフィのクリストフ シュミンケ氏

まず、トラフィ設立の経緯を教えてください。

トラフィはリトアニアの首都ヴィリニュスに本社があり、2007年に設立されました。これまで、インドネシアのジャカルタやブラジルのリオデジャネイロ、トルコのイスタンブール、ロシアのモスクワなど、非常に大きな都市で複雑な公共交通のデータを改善するプロジェクトを担ってきました。

 そして約2年前、我々は都市やモビリティサービスの民間プレーヤーに対して、ホワイトレーベルでMaaSソリューションを提供し始めました。公共交通だけではなく、複数の交通モードを統合するためのテクノロジーを持つ会社です。

 競合としてはシーメンス子会社のハーコンや、ダイムラー子会社の旧ムーベル(BMWグループとの統合により、リーチナウに名称変更)などがあります。それに対して、トラフィはロンドンのベンチャーキャピタル、オクトパスベンチャーズが主要株主で、独立系プレーヤーであることが1つの特徴です。フラットな立場なので、都市や民間プレーヤーとの連携がしやすいと言えます。

トラフィの象徴的な取り組みとして、BVGが19年9月に本格展開を始めたMaaSアプリ「Jelbi(イェルビ)」があります。

ベルリン市はBVGが展開する地下鉄や路面電車、バスといった公共交通に加え、米ウーバー・テクノロジーズのようなライドヘイリング、BVGと米Via(ヴィア)が組んで提供しているカープーリング、カーシェアリング、自転車シェアリング、電動キックボードなど、新たに生まれてきた様々なモビリティプレーヤーを連携させたいという強い意志がありました。実際、彼らは20以上のプレーヤーと話し合いを進め、最後の段階で、世界中の80社近くのITプロバイダーを審査する中で、それらを統合するMaaSプラットフォームの提供会社としてトラフィが選ばれたということです。

Jelbiのアプリ画面。約12のモビリティサービスを統合しており、ルート検索、予約、決済が1つのアプリで完結する
Jelbiのアプリ画面。約12のモビリティサービスを統合しており、ルート検索、予約、決済が1つのアプリで完結する

 MaaSアプリのJelbiでは現在、約12の異なるモビリティサービスが統合されていて、それらの組み合わせによりA地点からB地点への最適なトリッププランをユーザーに提供できます。もちろん、それだけではありません。ユーザーは最初に免許証とクレジットカード情報を登録したら、地下鉄チケットの決済も、配車サービスの予約・決済も、すべてがJelbiアプリだけで完結します。

 また、購入した公共交通のチケットはアプリにQRコードで格納されていますから、Wi-Fiがなくても乗る際にアプリ画面を見せるだけですし、自転車シェアリングの鍵を開けることまでも可能。そして、利用した交通手段のすべての決済履歴がアプリで確認できます。

 現在、ほとんどのMaaSアプリと呼ばれるものが、例えば配車サービスの予約・決済をするにはウーバーのアプリにリンクから飛ぶ必要がありますが、Jelbiはディープな連携により1つのアプリで完全な顧客体験を実現しています。

 これはベルリン市の強いリーダーシップがあるからこそ。民間のモビリティプレーヤーにとっても、約400万人に及ぶベルリン市民にアクセスできる可能性があるわけですから、使い勝手を良くして参加するモチベーションが生まれます。市民にとっても、都市にあるモビリティのほとんどが1つのアプリで使えるので、個々のアプリは必要なくなります。

 実は、当初ベータ版でテストしたときは、公共交通と3つのモビリティプレーヤーしか参加していませんでした。その後、タクシーや電動キックスクーター、カープーリングなど、交通モードが増えるに従って、ユーザーの利用率が上がってきました。やはり多くの選択肢を用意するということが、MaaSアプリにとっては重要なことです。

ベルリン市が主導しているので、Jelbiのアルゴリズムは基本的に公共交通を優先するのですか?

基本的に今は、公共交通であれ、民間のモビリティプレーヤーであれ、A地点からB地点への移動において、安く行きたいのか、時間を節約したいのかなど目的に応じて最適なオプションを提示しています。

 少し細かな話になりますが、例えば公共交通から自転車シェアリングに乗り継ぎたいというニーズはあると思います。しかし、今はそれができません。自転車シェアリングなどの会社にとって、何分後かの予約を取ることは使用率の低下につながりますから、契約上できないのです。技術上の問題ではないので、今BVGはパートナーのモビリティプレーヤーと交渉している段階です。もちろん、自転車シェアリングから公共交通に乗り換えるルートの提示は今でもできます。

BVGは自転車シェアなどのポートや、ライドヘイリング、カープールなどの乗降場所として使えるJelbiステーションを整備していく計画(写真:BVGホームページより)
BVGは自転車シェアなどのポートや、ライドヘイリング、カープールなどの乗降場所として使えるJelbiステーションを整備していく計画(写真:BVGホームページより)

 これは長期的なビジョンなのですが、ゆくゆくは都市がリーダーシップを取って、リアルタイムでどの交通モードを推奨するか微調整できるようになるといいと思っています。道路の渋滞が発生しているから、適切なインセンティブを与えて公共交通や自転車シェアリングなどに誘導するといったことです。MaaSアプリでほとんどの交通モードを一元管理し、かつユーザーの利用率が高い状態であれば可能なはずです。

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