世界のMaaSキープレーヤーが参集する「ITS世界会議2019」。開催国のシンガポールで、2019年9月に本格展開が始まったのが、豊田通商グループが出資するモビリティXによるMaaSアプリ「Zipster(ジップスター)」だ。同社のコリン・リムCEOに、日本でMaaS事業を推進するMaaS Tech Japanの日高洋祐社長が話を聞いた。

モビリティXが展開するMaaSアプリ「Zipster」
モビリティXが展開するMaaSアプリ「Zipster」

 モビリティXは、シンガポールで鉄道やバスなどを運営するSMRTコーポレーションから出資を受け、2018年2月に設立されたスタートアップ。同社には18年12月に豊田通商が豊田通商アジアパシフィックを通じて出資しており、MaaSのサービス開発に加えて海外展開の支援を行っている。また、直近の19年10月30日には小田急電鉄が開発する共通データ基盤「MaaS Japan」とモビリティXのMaaSアプリ「Zipster(ジップスター)」を相互接続し、日本におけるサービスの検討を始めることが明らかになった。

 そんな注目のZipsterは、19年4月からシンガポールでテスト展開が始まり、9月に本格ローンチした。その中身は一体どんなものか。

 Zipsterでは、公共交通機関(鉄道、バス)に加え、ライドヘイリングの「Grab(グラブ)」「GOJEK(ゴジェック)」、自転車シェアリングの「Anywheel」、電気自動車(EV)シェアリングの「BlueSG」など、複数の交通手段を組み合わせた最適な経路をいくつか提案する。また、グラブやゴジェックなどはルート検索結果からアイコンをタップすると、目的地情報を引き継いでそれぞれのアプリに飛び、配車予約が可能。公共交通については、シンガポールの公共交通決済カード「Ez-Linkカード」と連携したZipsterカードとアプリをひも付けると、公共交通の決済やアプリ上で利用履歴を確認できる。その他、Zipsterアプリ上のマーケットプレイス欄では、グラブやゴジェックといった交通パートナーによる割引クーポンの他、AXA(アクサ)の損害保険も提供されている。

左が交通パートナーの割引クーポン。右がZipsterカードを使った決済場面(カード券面はITS世界会議参加者向けに配布されたもので、無料チケット付き)
左が交通パートナーの割引クーポン。右がZipsterカードを使った決済場面(カード券面はITS世界会議参加者向けに配布されたもので、無料チケット付き)

 実際に現地でZipsterを使ってみた。まずアプリのメイン画面を立ち上げると、現在地(シンガポール動物園)が表示される。中心街のオーチャード・ロードにあるホテルへのルートを検索すると、候補は5つ表示された。バスと鉄道を乗り継ぐルートなら、所要時間は1時間10分程度で1.39シンガポールドル(約111円)、グラブやゴジェックなら約16~18シンガポールドル(約1300~1440円)で35分程度の道のりだ。

 日本のタクシーを利用する感覚ではグラブやゴジェックの圧倒的な安さに引かれて、そちらを選択しそうになるが、そこはグッとこらえて今回はバスと鉄道を乗り継ぐルートを選んだ。アプリ上でルートを選択し、スタートボタンを押すと旅の始まり。最初に乗るバスの停留所が地図上に示され、そこに移動する。画面には到着済み、6分後、16分後などバスのリアルタイム情報が出ているのが親切だ。

 無事、目的のバスに乗って到着ボタンを押すと、今度は次のSMRTの鉄道駅(Ang Mo Kio)までの案内が始まる。シンガポールのバスは日本のように車内に停留所の案内ボードはないが、アプリの地図で自車位置を確認できるので、問題なく目的の駅で降りられた。鉄道に関しても、東京ほど路線が複雑ではないので、アプリの指示に従ってスムーズに乗り換えが可能だ。

 ただし、こうした経路検索やルート案内機能自体は、日本で実証実験が始まっているMaaSアプリに比べて特段優れている印象はない。とはいえ、グラブやゴジェックなどの機動力があって使い勝手の良い移動サービスとも接続されており、それを含めた案内が十分であることから、公共交通の利用におよび腰になりがちな海外からの観光客にとっても使いやすいものではあった。Zipsterはすでに現地ユーザーから支持も集めており、アプリのダウンロード数は4万5000件、Zipsterカードとリンクさせたアプリの利用回数は約25万件に達しているという。

 アプリ本格展開という最初の一歩を踏み出したモビリティXは、今後どのようにZipsterを進化させていくのか。同社のコリン・リムCEOに、日本でMaaS事業を推進するMaaS Tech Japanの日高洋祐社長が話を聞いた。

MaaSが目指すのは「CAR LIGHT」

写真左がモビリティXのコリン・リムCEO、右がMaaS Tech Japanの日高洋祐社長。リム氏はシンガポール運輸省からキャリアをスタートし、IBMでITS(高度道路交通システム)ビジネスの立ち上げを経験。その後、シンガポールのLTA (Land Transport Authority:陸上交通庁)に移り、SMRTコーポレーション子会社の社長を経て、モビリティXを設立した
写真左がモビリティXのコリン・リムCEO、右がMaaS Tech Japanの日高洋祐社長。リム氏はシンガポール運輸省からキャリアをスタートし、IBMでITS(高度道路交通システム)ビジネスの立ち上げを経験。その後、シンガポールのLTA (Land Transport Authority:陸上交通庁)に移り、SMRTコーポレーション子会社の社長を経て、モビリティXを設立した

まず、リムCEOが考えるMaaSの世界は、従来の交通体系とはどんな違いがありますか?

従来のトランスポーテーション(交通輸送)とモビリティでは、視点が大きく異なります。トランスポーテーションは、どちらかというとインフラやアセット(資産)のことを指す言葉ですが、モビリティは人を中心に据えて、どういうサービスを届けるかが問われます。世界中どこでも同じですが、鉄道、バス、タクシー会社があり、それぞれが交通サービスを展開しています。しかし、生活者にとっては、それらの個別事情は関係なく、行きたいところにいかに安く、早く、利便性高く移動できるかが重要なのです。

 モビリティX設立前のことですが、17年から18年にかけてMaaSの取り組みの1つとして南洋理工大学(NTU)と実証実験を行いました。学生に話を聞くと、キャンパス内の移動に利用しているシャトルバスがいつ来るのか分からないという悩みがありました。そこで我々は、バスにセンサーを付けてリアルタイムの運行情報をアプリで可視化し、車内の混雑状況も分かるようにした。それにより、学生は徒歩かバスか、最良の選択ができるようになりました。

 この実証実験を進める中で、新たな交通手段として電動キックボードも追加しました。一般に自転車やキックボードのシェアリングサービスにおいて、1日1台当たり2~4トリップあれば成功の部類に入ると言われますが、NTUでは最終的に1日20トリップもありましたので、明らかな成功事例でしょう。

 ここで重要なのは、生活者のニーズに応じて交通手段を用意し、選択できるようにすること。そして、アプリで得られる移動データを活用することです。例えば、我々は電動キックボードの利用パターンを分析しました。すると、通常の朝、夕のピーク時間の他に、夜19時~22時の間で想定外の需要があった。一体何が起きているのか。シャトルバスの利用データと比較すると答えが出てきました。実はその当時、バスは19時で便数が減り、22時にはサービスを終了していたのです。しかしNTUの学生の4分の1に当たる1万2000人ほどはキャンパス内に住んでいて、バスの営業時間外にも満たされていない移動ニーズがあったわけです。

 これは、生活者向けのMaaSアプリとしてモビリティXがローンチしたZipsterも同じです。MaaSというと、多くの人は交通手段のシームレスな統合、ルート検索機能だけにフォーカスしがちですが、MaaSが目指すところはもっと大きな話。得られた移動データを解析して足りない交通手段を加えたり、スムーズな移動が可能になるよう交通の最適化をしたり、都市全体に関わる輸送のプランニング、モデリングの能力が重要になります。

なるほど。モビリティXの取り組みはシンガポール政府の交通政策とはどのようにリンクしていますか。

シンガポール政府のLTA(Land Transport Authority:陸上交通庁)が13 年 10 月に発表した「陸上交通マスタープラン 2013」は、40~50年先の都市計画に基づいて設定された方針ですが、その柱の1つに自家用車使用の削減、つまり“カーライト政策”があります。要は人々により公共交通を使ってもらい、自家用車の保有をやめるか、自家用車の利用を減らすということです。自転車シェアリングのようなアクティブモビリティの活用を促すことも盛り込まれています。

 また、2030年までの具体的な目標としては、① シンガポールの8割の世帯が、徒歩10 分以内に鉄道駅にアクセスできる②20キロメートルに満たない公共交通による移動の85%は、1時間で目的地に到着できる③ピーク時間帯の交通のうち、75%を公共交通機関がまかなう、という3点が挙げられています。現在、朝7~9時のピーク時間における公共交通の利用率は65%と言われていますから、意欲的な目標です。

 我々の活動は、この政府が掲げる目標に合致していて、公共交通の利用を促す役割を果たすと期待されています。特に若いミレニアル世代を中心にシンガポールでも運転免許自体を取得していない人が増えています。彼らや、自家用車を保有する強力な動機がない人に対して、公共交通を交えた都市での効率的な移動をサポートするのがMaaSの役割です。

 また、国土が狭いシンガポール独特の政策だと思いますが、例えば現在、2階建ての住宅を10階建てのビルに建て替えようとした場合、新しい建物の全世帯分の駐車場を用意しようとすると建築認可が下りません。つまり、不動産会社が高層化によって土地の価値を上げるためには、自家用車を持たなくても快適に暮らせるようMaaSとの連携が求められるというわけです。

日本ほどではないが、シンガポールの中心街でも朝8時台のピーク時間帯は交通量が多かった
日本ほどではないが、シンガポールの中心街でも朝8時台のピーク時間帯は交通量が多かった

 ただし、シンガポールは自家用車の保有コストが世界で一番高い国ですが、それでも自家用車を持つ人はいて、そこには相応の正当な理由があります。高齢者や小さな子供がいる家庭などにとって、自家用車は便利な移動手段として現実的です。だから、MaaSは「CAR ZERO」ではなく、「CAR LIGHT」を目指すものと理解しています。

 例えば、2020年にリリースする予定のZipsterの月額サブスクリプションプランの1つとして、「ドライブプラス(仮称)」を考えています。シンガポールでは、自家用車でオフィスに通勤する人がいまだに多いのですが、中心街の駐車場料金は非常に高くて月350シンガポールドル(以下SGD、約2万8000円)程度もします。この方々に提案するのが、月250SGD(約2万円)くらいのプラン。平日の利用期間25日のうち15日間は駐車場利用が可能で、10日間は鉄道やバスが乗り放題になるというものです。

 これにより、自家用車ユーザーにとっては駐車場コストを減らせますし、都市にとっても朝・夕の渋滞削減が期待でき、公共交通の利用も促進できます。これは複数人で駐車場をシェアする仕組みのため、実は駐車場の稼働率が上がるパッケージにもなり得る。ですので、不動産会社や個人の駐車場オーナーにとってもメリットがあります。

インタビュー後編「居住エリアに応じたサブスクMaaS提案 モビリティXの仰天構想」はこちら