MaaSが目指すのは「CAR LIGHT」

写真左がモビリティXのコリン・リムCEO、右がMaaS Tech Japanの日高洋祐社長。リム氏はシンガポール運輸省からキャリアをスタートし、IBMでITS(高度道路交通システム)ビジネスの立ち上げを経験。その後、シンガポールのLTA (Land Transport Authority:陸上交通庁)に移り、SMRTコーポレーション子会社の社長を経て、モビリティXを設立した
写真左がモビリティXのコリン・リムCEO、右がMaaS Tech Japanの日高洋祐社長。リム氏はシンガポール運輸省からキャリアをスタートし、IBMでITS(高度道路交通システム)ビジネスの立ち上げを経験。その後、シンガポールのLTA (Land Transport Authority:陸上交通庁)に移り、SMRTコーポレーション子会社の社長を経て、モビリティXを設立した

まず、リムCEOが考えるMaaSの世界は、従来の交通体系とはどんな違いがありますか?

従来のトランスポーテーション(交通輸送)とモビリティでは、視点が大きく異なります。トランスポーテーションは、どちらかというとインフラやアセット(資産)のことを指す言葉ですが、モビリティは人を中心に据えて、どういうサービスを届けるかが問われます。世界中どこでも同じですが、鉄道、バス、タクシー会社があり、それぞれが交通サービスを展開しています。しかし、生活者にとっては、それらの個別事情は関係なく、行きたいところにいかに安く、早く、利便性高く移動できるかが重要なのです。

 モビリティX設立前のことですが、17年から18年にかけてMaaSの取り組みの1つとして南洋理工大学(NTU)と実証実験を行いました。学生に話を聞くと、キャンパス内の移動に利用しているシャトルバスがいつ来るのか分からないという悩みがありました。そこで我々は、バスにセンサーを付けてリアルタイムの運行情報をアプリで可視化し、車内の混雑状況も分かるようにした。それにより、学生は徒歩かバスか、最良の選択ができるようになりました。

 この実証実験を進める中で、新たな交通手段として電動キックボードも追加しました。一般に自転車やキックボードのシェアリングサービスにおいて、1日1台当たり2~4トリップあれば成功の部類に入ると言われますが、NTUでは最終的に1日20トリップもありましたので、明らかな成功事例でしょう。

 ここで重要なのは、生活者のニーズに応じて交通手段を用意し、選択できるようにすること。そして、アプリで得られる移動データを活用することです。例えば、我々は電動キックボードの利用パターンを分析しました。すると、通常の朝、夕のピーク時間の他に、夜19時~22時の間で想定外の需要があった。一体何が起きているのか。シャトルバスの利用データと比較すると答えが出てきました。実はその当時、バスは19時で便数が減り、22時にはサービスを終了していたのです。しかしNTUの学生の4分の1に当たる1万2000人ほどはキャンパス内に住んでいて、バスの営業時間外にも満たされていない移動ニーズがあったわけです。

 これは、生活者向けのMaaSアプリとしてモビリティXがローンチしたZipsterも同じです。MaaSというと、多くの人は交通手段のシームレスな統合、ルート検索機能だけにフォーカスしがちですが、MaaSが目指すところはもっと大きな話。得られた移動データを解析して足りない交通手段を加えたり、スムーズな移動が可能になるよう交通の最適化をしたり、都市全体に関わる輸送のプランニング、モデリングの能力が重要になります。

なるほど。モビリティXの取り組みはシンガポール政府の交通政策とはどのようにリンクしていますか。

シンガポール政府のLTA(Land Transport Authority:陸上交通庁)が13 年 10 月に発表した「陸上交通マスタープラン 2013」は、40~50年先の都市計画に基づいて設定された方針ですが、その柱の1つに自家用車使用の削減、つまり“カーライト政策”があります。要は人々により公共交通を使ってもらい、自家用車の保有をやめるか、自家用車の利用を減らすということです。自転車シェアリングのようなアクティブモビリティの活用を促すことも盛り込まれています。

 また、2030年までの具体的な目標としては、① シンガポールの8割の世帯が、徒歩10 分以内に鉄道駅にアクセスできる②20キロメートルに満たない公共交通による移動の85%は、1時間で目的地に到着できる③ピーク時間帯の交通のうち、75%を公共交通機関がまかなう、という3点が挙げられています。現在、朝7~9時のピーク時間における公共交通の利用率は65%と言われていますから、意欲的な目標です。

 我々の活動は、この政府が掲げる目標に合致していて、公共交通の利用を促す役割を果たすと期待されています。特に若いミレニアル世代を中心にシンガポールでも運転免許自体を取得していない人が増えています。彼らや、自家用車を保有する強力な動機がない人に対して、公共交通を交えた都市での効率的な移動をサポートするのがMaaSの役割です。

 また、国土が狭いシンガポール独特の政策だと思いますが、例えば現在、2階建ての住宅を10階建てのビルに建て替えようとした場合、新しい建物の全世帯分の駐車場を用意しようとすると建築認可が下りません。つまり、不動産会社が高層化によって土地の価値を上げるためには、自家用車を持たなくても快適に暮らせるようMaaSとの連携が求められるというわけです。

日本ほどではないが、シンガポールの中心街でも朝8時台のピーク時間帯は交通量が多かった
日本ほどではないが、シンガポールの中心街でも朝8時台のピーク時間帯は交通量が多かった

 ただし、シンガポールは自家用車の保有コストが世界で一番高い国ですが、それでも自家用車を持つ人はいて、そこには相応の正当な理由があります。高齢者や小さな子供がいる家庭などにとって、自家用車は便利な移動手段として現実的です。だから、MaaSは「CAR ZERO」ではなく、「CAR LIGHT」を目指すものと理解しています。

 例えば、2020年にリリースする予定のZipsterの月額サブスクリプションプランの1つとして、「ドライブプラス(仮称)」を考えています。シンガポールでは、自家用車でオフィスに通勤する人がいまだに多いのですが、中心街の駐車場料金は非常に高くて月350シンガポールドル(以下SGD、約2万8000円)程度もします。この方々に提案するのが、月250SGD(約2万円)くらいのプラン。平日の利用期間25日のうち15日間は駐車場利用が可能で、10日間は鉄道やバスが乗り放題になるというものです。

 これにより、自家用車ユーザーにとっては駐車場コストを減らせますし、都市にとっても朝・夕の渋滞削減が期待でき、公共交通の利用も促進できます。これは複数人で駐車場をシェアする仕組みのため、実は駐車場の稼働率が上がるパッケージにもなり得る。ですので、不動産会社や個人の駐車場オーナーにとってもメリットがあります。

インタビュー後編「居住エリアに応じたサブスクMaaS提案 モビリティXの仰天構想」はこちら