全国的に見ても、“脱現金化”がうまくいっている都市の一つが福岡市だ。個人間送金を使って仲間内でお金をやり取りする大学生、スマホのカメラで請求書を読み取ってその場で支払う主婦――――。一部の福岡市民にとって、もはやキャッシュレスは店舗だけで使うツールではない。なぜ同市ではキャッシュレスが生活に溶け込んだのか。増税後の街を歩いて市民の声を聞くと、知られざる実像が浮かび上がってきた。
「仲間内のお金のやり取りは、キャッシュレスが当たり前。飲みに行っても、現金は使わずその場でLINE Payで払う。後日、お金を渡すためだけにまた会うのは面倒くさいだけですし」。福岡大学工学部で電気工学を専攻する後藤優斗さんは、キャッシュレスを手足のように使いこなしている。「現金で支払っている比率は1割ぐらい。お得だから、ではなく、便利だから当たり前に使っている」と話す。
「キャッシュレスFUKUOKA」構想をぶち上げ、高島宗一郎市長が音頭を取る形でキャッシュレス決済の普及を積極的に進めてきた福岡市。約1年を経て、キャッシュレスはすっかり市民生活の日常に溶け込みつつある。
肝心なのは、店舗決済以外の場面での利用も広がっている点だ。冒頭の後藤さんは九州未来フェスティバルという、約300人の大学生が参加するキャリア支援の取り組みを手掛ける。運営メンバー約20人との間では交通費や宿泊費など、誰かが立て替えた各種経費を互いに精算しあう必要があるが、最近はすべてLINE Payの個人間送金の仕組みでまかなっているという。
「住民票の写し」発行手数料もキャッシュレス
成功を後押ししたのが、官民一体で推進する普及体制にある。楽天ペイメント、PayPay、LINE Pay、Origamiなどキャッシュレス決済を手掛ける複数の事業者とタッグを組み、「福岡市実証実験フルサポート事業」として各社の活動を市役所が全面バックアップしたのだ。
その結果、市内では900カ所近い場所が“脱現金化”されたとも言われている。その中には博多名物の屋台(99店舗中35店)や、福岡空港(全100店舗中80店以上が対応)、福岡市博物館や動植物園といった公共施設も含まれる。地元で縁結びの御利益があるとして愛されている鳥飼八幡宮のように、境内で売るお守りの販売もキャッシュレス化してしまったところもある。
西鉄福岡駅前で屋台「喜柳」を切り盛りする車長(店長)の迎敬之氏は、「観光客が中心だったが、キャッシュレス導入後は地元市民も顔を出してくれるようになった」とうれしそうだ。決済事業者が各屋台をヒアリングしたところ、最大で席数12席のうち常時1.7人がキャッシュレス決済で支払っているという。
期待以上の成果を上げたのが、実は証明書発行に伴う手数料など、市役所内の手続きである。福岡市は19年4月以降、20窓口39施設でLINE Payを本格導入した。市内にある各市役所の市民課で戸籍謄本や住民票の写しを発行する場合や、課税課で税務証明を発行する場合、市民は手持ちの現金がなくても支払える。スマートフォンでLINE Payの画面を開き、窓口にあるQRコードをカメラで読み取ればよい。ほかにも市民プールや市民体育館、市内の公共自転車駐輪場でも現金を使わずに決済できる。
「4月に開始して以降、全部で2000件をLINE Payで決済した。このうち1400件が市役所内の手続きだった。思った以上の数が使われた」。福岡市総務企画局ICT戦略室ICT戦略課の小玉豪人課長はこう明かす。一番多いのは中央区、2番目が博多区、3番目が南区だった。これら3区は、比較的独身世代や子育て世代など若い市民が多いエリアとされ、転勤などに伴う転入・転出手続きのために市役所を訪れて使ったケースが多かったとみられる。
少額決済だけに、市民がキャッシュレスを使っているかといえばそんなことはない。福岡市は19年4月、市税についてもLINE Payによる支払いを受け付け始めた。対象となるのは、「軽自動車税」「個人市県民税(普通徴収)」「固定資産税・都市計画税」「固定資産税(償却資産)」の4つだ。
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