政府は、消費増税に合わせて導入したポイント還元事業を追い風に、キャッシュレス決済が一気に普及するともくろむ。ただ必ずしも「お得感」だけでは消費者は動かない。現実的には現金と大差ない手間や安全性に対する不安から二の足を踏む人も少なくない。本特集では、お得感に頼らず大胆なアイデアで脱現金を加速させようと試みる最前線を追う。第1回は、決済の手間自体を省く0秒キャッシュレスの「ペイレス」を取り上げる。

政府主導でキャッシュレスは本当に浸透するのか。今日本は、瀬戸際に立たされている
政府主導でキャッシュレスは本当に浸透するのか。今日本は、瀬戸際に立たされている

 米CNNの「100 best beaches around the world」(世界のビーチ100選)にもランクインしたことがある神奈川県の一色海岸。葉山御用邸(神奈川県葉山町)の真裏という立地から、各所で警察官が周囲に目を光らせる。“らんちき騒ぎ”とは無縁の、静かで安全でしかも美しいビーチは、ファミリー層だけでなく、ここ数年は外国人観光客も引き付けている。

 「カヴァ、グラスで2つください。あとトリュフ塩ポテトも追加で」。2019年8月下旬の週末、東京から泳ぎに来た20代後半の男女カップルは、一色海岸に立つ海の家「SAIL HUS(セイルハウス)」のプレミアムリザーブシートに陣取り、葉山牛や葉山近郊で収穫した野菜を使ったバーベキューに舌鼓を打ち、優雅にくつろいでいた。夏の終わりに砂浜を駆け抜ける風は心地よく、ついついグラスを傾ける回数が増えてしまっているようだった。

 マリンブランド「HELLY HANSEN(ヘリーハンセン)」なども運営に協力するSAIL HUSは、「スマートでラグジュアリー」を掲げ、とことん従来の海の家の概念を崩すことにこだわる。再利用できるコンテナを用いたオシャレな外観デザインはもちろん、プロのサウナ職人の手による「ビーチサウナ」を併設するなど、極上のビーチリゾートのようなたたずまいだ。

海の家「SAIL HUS(セイルハウス)」は、ゆったりくつろげるプレミアムリザーブシートを2階などに用意しており、優雅なひとときを過ごすことができる(7月6日から8月31日まで開設、現在は2019年の営業を終了)
海の家「SAIL HUS(セイルハウス)」は、ゆったりくつろげるプレミアムリザーブシートを2階などに用意しており、優雅なひとときを過ごすことができる(7月6日から8月31日まで開設、現在は2019年の営業を終了)

“キャッシュレス”でなく“ペイレス”

 「ただ、それよりも、一番素晴らしいのは“ペイレス”なこと」。カップルの一人は、心地よさの最大の要因は決済における工夫にあると話す。もう一人も、「今頼んだドリンクやフードも、自動的に決済してくれる。スマホすら必要なくて、とってもスマート」だと感心する。

 SAIL HUSの工夫は、ホテルの「部屋付け」に近い。予約時にクレジットカードを事前登録しておくと、滞在中に注文したものは、都度会計処理することなく過ごせる。ただ違いは、あらかじめ上限額を設定できること、そして帰りがけにサインや明細確認などの手続きを省いたことだ。

 「海ほど、お金を出したりしまったりするのにイライラする場所はない。決済を含めて、ストレスフリーなビーチ滞在を実現したかった」(運営責任者のFMG藤井翔太取締役)。海水浴では通常、財布はロッカーにしまっておかなけれならず、使う分としてポケットに入れた紙幣がぬれないように気を配る必要がある。しかも、お釣りでもらったコインが、どんどんかさばっていく。

 こうしたストレスは、防水対応のスマホを使った電子マネーやQRコード決済でも軽減できるが、「持ち歩くのが現金からスマホに変わるだけ。ストレスがゼロになるわけではない」(藤井氏)。

SAIL HUS運営責任者のFMG藤井翔太取締役
SAIL HUS運営責任者のFMG藤井翔太取締役

 そこで悩んだ揚げ句、導き出したベストな解が「ペイレス」だった。ただ、指紋や顔といった生体情報を使った手ぶら決済に頼ることはしなかった。開発途上中の技術なのでコストがかさむし、砂や海水のある悪環境での利用には適していない。そもそも、決済という無駄なアクションが残ることを藤井氏は嫌った。

 クレジットカード会社ジェーシービー(JCB)が実施した実証実験の結果によれば、1回当たりの決済に掛かる時間は現金が28秒なのに対し、QRコード決済は17秒、クレジットカードは12秒、タッチ式の電子マネーは8秒。どんなに技術が発展しても、店員とのやり取りに掛かる時間は短縮できても、0秒になるわけではない。

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