ユニバーサルミュージックがデジタル戦略を強化している。日本法人では2020年2月、元スポティファイジャパン社長の玉木一郎氏をデジタル戦略担当に迎え、ストリーミングビジネスなどの拡大を狙う。日本法人社長兼最高経営責任者(CEO)の藤倉尚氏に聞いた(聞き手は日経クロストレンド編集長、吾妻拓)。
編集長・吾妻 拓(以下、吾妻) 2月に元スポティファイジャパン社長の玉木一郎氏がデジタル戦略&オペレーション担当執行役員として入社しました。
藤倉 尚氏(以下、藤倉氏) 19年度、ユニバーサルミュージック・グループは前年比を20%を超える売り上げを記録しましたが、その中で特徴的なことがありました。(韓国の男性ヒップホップグループの)BTSが米国をはじめ諸外国でブレイクするなど、いろいろな国のアーティストの曲が、自分の国を超えてヒットし始めているんです。
理由の1つは、世界的にストリーミングビジネスが伸びていること。日本では相変わらず売り上げの約7割がフィジカル(CDやアナログ盤など)ですが、米国ではすでに約8割がデジタル。さらに、その大半がストリーミングという状況です。日本でも楽曲の開放やプレイリストへの取り組みも含めてストリーミングの強化を続けてきましたが、次の一手として、SpotifyやYouTube、Amazon、Appleなどプラットフォームのルールを知る優秀な方々に入ってもらって、一緒に新しいデジタルヒットを出したいと考えていました。
入社した玉木とはスポティファイジャパン時代から親しくさせてもらっていましたが、彼の存在が大きいのは、グローバルで戦うルールやストリーミングでヒットを出すための法則を知っていること。プラットフォーム側にいた人間ということもあり、我々とは異なる着眼点で物事を見てくれています。入社間もないですが、刺激的な仲間となっています。
吾妻 ストリーミングをもっと活用することで、日本からグローバルなヒットを生むチャンスがあると考えられているわけですね。
藤倉氏 これは玉木が入社する前後の話になりますが、本社でミーティングしていたときに、「Joe Hisaishiが『Sleep』ジャンルのプレイリストに入っている。グローバルでチャンスがあるのではないか」という意見がありました。世界中でよく聴かれている眠りのためのプレイリストに、久石譲が入っていると。Perfumeをはじめ海外での活動を一緒に進めている日本人アーティストはたくさんいますが、久石にチャンスが大きかったというわけです。
久石はユニバーサルシグマという邦楽レーベルに所属していますが、国内外のクラシック&ジャズのチームからもグローバルで推したいと言われたこともあり、海外でのストリーミング再生回数でも良い結果が出てきています。あくまでも一例ですが、私たちが考えなかったようなグローバルに向けた選曲やアルゴリズムの活用などまだまだ取り組めることがあることを実感し、その着眼点を持っているのが玉木だと考えています。
吾妻 アルゴリズムの活用の仕方が違うというのは、どのような点なのでしょうか?
藤倉氏 今ヒットしている楽曲の分析ツールやユーザー解析ツールは活用してきましたが、ストリーミングでの視聴データを別の角度から見ることで、これまで我々が気づかなかった聴かれ方を玉木によって顕在化できるようになった。マーケティングセクションだけでなく、A&R(アーティスト・アンド・レパートリーの略、アーティストの育成や楽曲の制作などを担当する)やアーティスト、我々経営陣にそれを教えてくれる“伝道師”的な役割を担ってくれています。
吾妻 玉木さんには入社時にどんなミッションを伝えたのですか?
藤倉氏 「この会社のおかしいところがあったら、空気を読まずに全部言ってほしい」と伝えました(笑)。ユニバーサルミュージックはデジタルに関してグローバルで最も先進的な会社だと思われていますが、当然完璧ではない。今、玉木のチームからは様々な提案があがってきています。
期待することは2つ。1つはストリーミングのヒット曲を出すことをサポートしてほしいということ。ヒット曲を出すのはA&Rやレーベルの仕事ではありますが、アーティストに一番近い彼らに助言できるデジタルセクションになってほしいと考えています。もう1つは、加速度的に成長するストリーミングのマーケット全体のリーダーシップを取ってほしいということ。新しいヒット曲を出すことももちろんですが、ユニバーサルミュージックは全世界で一番カタログ(旧譜)を持っている企業なんです。ビートルズや『ボヘミアン・ラプソディ』もユニバーサルの貴重な音楽資産です。旧譜も含めた自社の作品の積極的な活用に向けた取り組みなどを期待しています。
吾妻 ストリーミングによって音楽視聴スタイルは大きく変わりました。“旧譜のロングテール化”はよく言われるところですよね。
藤倉氏 そうですね。CDやダウンロードは“いかに発売日にピークを持っていけるか”というビジネスですが、ストリーミングの場合、リリース時点でピークにいくケースはほぼなく、そこからまさに“ロングテールでピークを先に長く持っていけるか”なんです。だから、プロモーションの方法も全く違いますね。ストリーミングビジネスでは、例えば1年後にブレイクさせるために、SNSなどを含めて粘り強くいくつもの起爆剤を仕込んでいかなくてはいけない。プロモーションも時代にあわせて変化していくことになると思います。
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