世界の美食家が注目するレストラン「HAJIME」のオーナーシェフ・米田肇氏のインタビュー最終回。料理界の常識に縛られない米田氏の次なる挑戦は、空間芸術から医療、宇宙にまで及ぶ。“料理界のイノベーター”が見据えるフードテックの近未来とは?(聞き手は日経クロストレンド編集長、吾妻 拓)

HAJIMEオーナーシェフの米田肇氏
HAJIMEオーナーシェフの米田肇氏

(インタビュー第1回「「世界最速三つ星シェフが語る イノベーションに必要な『非常識力』」はこちら)

(インタビュー第2回「「厨房ロボットの進化」は期待大 HAJIME米田氏が明かす」はこちら)

編集長・吾妻 拓(以下、吾妻) AI(人工知能)を活用すると、様々なデータを吸い上げて個別にカスタマイズできるようになります。すでに米田さんは料理を通して希望や感動を提供するために、個々のゲストに合わせたメニューを提供していますが、どのようにして探し当てているのですか。

米田 肇(よねだ はじめ)氏(以下、米田氏) 私の友人であり、アンドロイド研究で有名な大阪大学の石黒浩教授は毎回、予約時に同席されるゲストに合わせたテーマを伝えてきます。先日、来店された際のテーマは「神」でした。これをどう考えればよいのか。例えばあるスタッフは、「神様の食べ物」という語源を持つチョコレートを出したらどうかと提案してきましたが、それではダメなのだと思います。私は、改めて石黒先生の過去の著書を全部読みました。先生が人間そっくりのアンドロイドを作る研究をしていることも踏まえて、「人間とは何なのか」「神とは?」「宇宙とは?」という深遠な問いかけであると判断しました。

 それで最終的にどんな料理を作ったかというと、宇宙のビッグバンを表現した料理です。神様というのは、つまるところ数学者であり、だからこそバランスの取れた宇宙を創造することができたのだと思います。このアイデアにたどり着くまで、2日間かけて数学を勉強し直し、最先端の物理学者の研究にも目を通しました。

米田氏直筆の料理設計図。「神」というテーマに対して、どのようなストーリーで組み立てた料理か、詳細に記述している
米田氏直筆の料理設計図。「神」というテーマに対して、どのようなストーリーで組み立てた料理か、詳細に記述している

 具体的に説明しましょう(上写真)。まず、宇宙のビッグバンを表すのにふさわしい真っ黒な特注の食器(水差しのような形状)を選びました。上側の縁には、アイザック・ニュートンが万有引力を発見する契機となったリンゴをあめで作ったものであしらい、食器の下側では超弦理論(編集部中:宇宙現象のすべてを記述できる究極の理論といわれる)で導き出されたループ状の素粒子を表現しました。

 リンゴは4次元の世界なので人間にも理解できますが、底のほうは人知の及ばない11次元の世界を表現しようと、真っ黒なグミキャンディーを極めて複雑な味付けにして、しかも温めて提供しました。そして、グミの上側には、相対性理論で有名なアルベルト・アインシュタインが研究していた光量子仮説をイメージさせるために半透明のキラキラした可食の飾りを置き、口に入れるとパチパチはじけるポッピングキャンディーをまぶしました。さらに「496」という相対性理論と超弦理論をつなぐ象徴的な完全数をカカオであしらいました。この飾りをスプーンで割ると、上と下の理論がつながるという趣向で、超弦理論が「神の数式」となった瞬間を表現したのです。この料理を見た石黒先生の反応は、こちらの思い通り。ちょっと悔しがっていましたね。(笑)

吾妻 一皿の裏側にすさまじいまでの努力と思考があるのですね。そこまで徹底していると、レストランをいくつも展開するのは難しそうです。

米田氏 店舗を増やす考えは、基本的にはありません。私たちの先輩シェフの時代は、まず有名店を作って高級路線から大衆路線へと広げ、物販も手掛けるといったビジネスが一般的でした。しかし、私が参考にしている欧州のファッションブランドは違います。かばんや時計などへと、ブランド価値を保ったまま異分野に横展開しています。だから、私は店を増やすことよりも、今と同じ価値観のまま、医療や宇宙分野などで人に希望や感動を与えられる事業を手掛けていきたいと考えているんです。やはり「世の中にまだないものを作りたい」という思いが根本にありますから。

 料理人の世界で私と同じような考え方の人もいますが、たいてい“変人”だといわれます(笑)。一貫しているのは、「この宇宙がどうあるのかをただ知りたい」ということだけなのですが。そのためには、学問の境界線も取っ払って考えます。数学の世界でいうと、フェルマーの最終定理が有名ですよね。360年もの間、天才数学者たちが定理を解き明かそうとしては敗れていたのですが、最終的には皆が証明不可能と思い込んでいた数式から答えを導き出せた。つまり、前提条件や境界をなくして考えることが大切だということです。私の料理に対するアプローチが変わっているといわれるのは、そうした考え方がベースにあるからでしょう。

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