少子高齢化や労働力不足といった課題を解決する手段として注目されているのが「人間拡張」の技術だ。産業技術総合研究所・柏センターの人間拡張研究センターでは、センシングとモデリング技術を駆使したユニークな「人間拡張」の手法に取り組んでいる。

圧力センサーシートとバランスボールを組み合わせた展示物。バランスボールに腰掛けた人の姿勢をモニター上の“デジタルヒューマン”で可視化する
圧力センサーシートとバランスボールを組み合わせた展示物。バランスボールに腰掛けた人の姿勢をモニター上の“デジタルヒューマン”で可視化する

「人間拡張」体験システムの意外な目的

 産業技術総合研究所(産総研)は、情報・人間工学領域、エレクトロニクス・製造領域など5領域にわたる約2300人の研究者を束ねる日本最大級の研究機関。2019年10月9~11日にかけて開催された「日経クロストレンドEXPO 2019」の特別展示では、産総研・柏センターの人間拡張研究センターから、圧力センサーシートとバランスボールを組み合わせた「人間拡張」の体験システムが出展された。

 人間拡張研究センターのホームページによれば、「人間拡張」とは「人に寄り添い、人の能力を高めるシステムのこと」だという。広い意味では顕微鏡や望遠鏡も「人間拡張」と言えるわけだが、同センターでは、情報技術やロボット技術を活用したウエアラブル(装着できる)あるいはインビジブル(見えずにそばにある)なシステムを研究対象としている。

このシステムで最も重要なのが圧力センサーシート。基盤や電子回路を繊維に印刷して作るため、床に敷いたり、着用したり、さまざまな場所でセンシングできる
このシステムで最も重要なのが圧力センサーシート。基盤や電子回路を繊維に印刷して作るため、床に敷いたり、着用したり、さまざまな場所でセンシングできる

 「この体験システムの特徴は、モーションキャプチャー用のカメラやIMU(慣性計測装置)などが必要ないので、手軽に運動を計測できること」と説明してくれたのは、人間拡張研究センター副研究センター長の牛島洋史理学博士。「筋骨格モデルに基づく運動力学解析やビッグデータの統計学的解析により、バランスボールに腰掛けた人の姿勢や筋活動を推定している」

 バランスボールを使う時点で“手軽”とは言えないように思うが、牛島博士によれば「例えばオフィスの椅子に圧力センサーシートを貼っておけば、どんな姿勢で机に向かっているかが分かり、姿勢が悪くなれば疲れてきたという判断材料になる。実際、自動車の運転席に圧力センサーシートを貼って居眠り運転を防止する取り組みも進められている」とのこと。今回の出展でバランスボールを採用したのは、オフィスチェアなどと違って動きが分かりやすいからだ。

システムの仕組みや用途について、牛島博士が丁寧に説明してくれた
システムの仕組みや用途について、牛島博士が丁寧に説明してくれた

 このシステムのもう1つの特徴が、人の動きの可視化だ。自分の動きをモニター上の“デジタルヒューマン”で確認することで、運動への動機付けになるという。

 だが、ここでもう1つ疑問が湧く。この出展のテーマである「人間拡張」が見当たらないことだ。「人間拡張」と聞いて、マーベルのアイアンマンやサイボーグ009(ゼロゼロナイン)をイメージしていたのだが、展示されている体験システムは、どう見ても人間を“機能強化”するようなものではない……。

 この疑問について牛島博士は「産総研では『人間拡張』を『人に寄り添い、人を高める技術』と解釈している。効果的に運動することによって人間自身の能力を強化することも『人間拡張』に含まれる」と答えた。

 人間拡張研究センターでは、労働の質の改善や健康増進を目的に、多様なセンシング技術を開発しており、実用化を目指してさまざまな企業、自治体、地域住民と協業を図っているという。

 「うちの若手は、センサー技術を使って『格闘ゲームでキャラクターが受けるダメージをプレーヤーにも与えられないか』といった研究をしている」と牛島博士。そんな格闘ゲームが登場したら、eスポーツの世界にも大変革が起こるに違いない。

(写真/酒井康治)