表面だけを捉えると誤解を生みがちな「心理的安全性」の本質とは? 「日経クロストレンドEXPO 2019」の中で10月9日に開催されるセッション「禅から学ぶ最強のチーム作り〜『心理的安全性』を高める方法」(16:30~17:10)に登壇するZENTechチーフサイエンティスト・石井遼介氏が解説する。
ZENTech取締役チーフサイエンティスト・一般社団法人 日本認知科学研究所理事
心理的安全性という言葉は、表面だけを捉えると誤解を生みがちです。心理的安全なチームというのは、外交的であることでも、アットホームな職場のことでも、単に結束したチームのことでも、すぐ妥協する「ヌルい」職場のことでもありません。
例えば、「結束したチーム」は異論を唱えることが難しいチームとも言えます。心理的に安全なチームはむしろ、チームメンバー大勢の意見が一致しているように見えるときでさえ、「それは違うと思います」と容易に言えるチームのことなのです。
「日経クロストレンドEXPO 2019」の中で10月9日16時半から開催されるセッション「禅から学ぶ最強のチーム作り〜『心理的安全性』を高める方法」では、マネジャーやリーダーがどうすれば心理的に安全なチームを作ることができるのかをご紹介したいと思います(イベントへの参加登録はこちら。リンク先のページで下にスクロールすると、10月9日の一番下に当該セッションがあります)。
経営学の1分野である組織論では3つの「コンフリクト(衝突)」という概念を定義しています。
1.人間関係のコンフリクト
2.タスクのコンフリクト
3.プロセスのコンフリクト
この3つです。
1の人間関係はその名の通り人の好き嫌い、2のタスクは同じ問題や事象について意見が衝突するということ、3のプロセスのコンフリクトとは「それはウチの仕事ではありません」とたらい回しになってしまうような状況を言います。組織論ではこのどれもが業績に悪影響を与えると結論づけていますが、実は「心理的安全性が担保されている状況下では、タスクのコンフリクトだけは業績にプラスの影響がある」という研究結果があります。心理的安全性がない状況下では、意見の対立はたやすく人間関係の対立になってしまうのです。
もう一つ、心理的に安全な職場は「ぬるま湯」や「危機感の足りない職場」ではないか、という誤解もよくあります。それは、仕事の「基準」が低いときにそうなります。基準とは妥協点。妥協するラインのことです。目標を達成できなかったり、プロジェクトがうまくいかなかったりしたとき、「まあいいや」と妥協するような風土であれば、それは基準の低い職場だと言えるでしょう。
基準が低い職場でかつ心理的安全性も低い職場の場合、メンバーは互いに無関心で、ただ衝突を避けるようになります(図の左下)。このカテゴリーにいると、お互いに衝突を避けようとするので、一見問題がなく心理的に安全な職場であるかのように思えます。しかし、進めている仕事に「実は大きなリスクがあるのではないか」と気づいた場合でも、職場の雰囲気を悪くしたくないからと、いちいち声を上げたりしません。結果、取り返しのつかないトラブルになるまで放置されてしまったりします。
一方で、基準が低いまま、心理的安全性だけは高かったらどうでしょうか。これは確かに「コンフォートゾーン」、いわゆる「ヌルい職場」というイメージと合致するかもしれません(上図左上)。一方で、仕事に対する「基準」が高いときは、どうでしょうか。
心理的安全性が低くて、基準が高いとき(図 右下)。これは、お互いに助け合ったり、アイデアを出し合ったりというチームワークがないままハードなノルマに追い立てられるため不安度が高く、使い潰されていくような職場だということになります。
最後に、基準が高く、かつ心理的安全性も高いとき、チームの学習が促進され、高いパフォーマンスが得られることとなります。
ここで言う、基準が高い(ハイスタンダード)、とはどういうことでしょうか。基準が高いということは、いたずらに高い目標を掲げることではありません。ビジネスでは、さまざまな外部要因・内部要因で、目標達成が難しいことがあります。そうして、妥協するしかない、その妥協するポイントが高いことをハイスタンダードであると言います。
部下やメンバー、チームが目標を達成しないとき、単に厳しく叱るという姿勢は、目標を達成するうえで役に立っているとは言えません。目標にそれでも近づけるように、例えばプロセスを聞き、改善すべきポイントについて考え、必要であれば同行や指導をし、目標に近づくサポートができることが、一見「厳しく管理している」上司よりも、高い基準を持っていると言えるでしょう。
心理的安全性の鍵は「リーダーの心理的柔軟性」
はじめに結論から記載し、その後補足をします。
何が正解か分からない時代において、仕事を速くミスなくこなせばいいという「これまでのチーム」は機能しなくなってきており、これからのチームは正解がないものに取り組み、現実のフィードバックから学ぶ「学習するチーム」であることが要求されます。このチームの学習を促進するのが、チームの心理的安全性です。チームの心理的安全性は、特にリーダーの「心理的柔軟性」によって醸成されます。
では、どのようにチームの心理的安全性を醸成すればよいのでしょうか。私たちのデータが示しているのは、チームの一人ひとりが「心理的に柔軟」であるとき、チームは心理的に安全ということです。
加えて、特にチームリーダーの心理的柔軟性が高いとき、チームの学習が促進されることが分かっています。
心理的柔軟性という新しい概念が出てきましたので、説明を加えたいと思います。心理的安全性をはじめ、チームの心理的な状況というのは、チームの「歴史」を背負ったものです。つまり、「数年前あのトラブルがあったとき、上司はああいう対応をした、だから」とか、「先週の会議で新人が意見を言った。そのとき、リーダーはもとより参加者のみんなは『新人がよく知らずに何を言っているんだ』とばかりに冷ややかだった」とか。そういった、過去の一つひとつの行動や、それら行動への反応が積み重なって、発言リスクを取ることのできる職場、そうではない職場が出来上がっていきます。
だから、一つひとつの職場に合わせて、そして一人ひとりのメンバーの状況に合わせて、柔軟に対応をする必要があります。この柔軟な対応がとれることが心理的柔軟性です。行動分析を基礎原理とする、心理的柔軟性の科学であり、第3世代の認知行動療法と呼ばれる、ACT (Acceptance and Commitment Therapy)では、「心理的柔軟性モデル」を次のように定義しています。「現実に対してオープン」で、「マインドフルに集中」しており、「行動にエンゲージしている」状態であると。
「現実に対してオープンである」とは、思考や感情と現実を切り分けること。「マインドフルに集中している」とは、心ここにあらずの状態ではないということ。座禅・マインドフルネスが、このパートの訓練になります。「行動にエンゲージしている」とは、メンバー個々人に合った役割をアサインできているときと言えます。
正しいことより、役立つことをしよう
このような心理的柔軟性の高いリーダーは「正しいことではなく、役に立つことができる」リーダーです。売り上げが未達の営業スタッフに、「売り上げが未達である」と指摘することは正しいことかもしれませんが、売り上げを達成させるために役に立つ行動ではありません。
プライベートでつらいことがあり、パフォーマンスが一時的に下がっている部下に「仕事は仕事なのだから、プライベートがどうであれ、給料分働くべきだ」と言うのは正論かもしれませんが、その部下がパフォーマンスを取り戻すうえで役に立つ行動ではありません。心理的柔軟性が高いリーダーは、部下や関わる人の望ましい行動を増やし、望ましくない行動を減らす、さまざまなアプローチがとれる存在です。
前述の通り、一つひとつの行動の集積が、チームメンバーが感じられる「心理的安全性」になるわけですから、リーダーがどう自分自身の行動を変え、メンバーの行動をどのように導いていくかが重要です。
心理的安全性をつくる「4つの行動」
私たちの研究では、心理的安全な職場では「ネガティブなことであっても率直に話す」「困ったときに助け合う」「挑戦し、失敗も含めて受け入れる」「新しい視点や才能・個性を歓迎する」という、4つのカテゴリーの行動特性が高いことが分かっています。
心理的柔軟性の高いリーダーは職場やメンバーごとに話をしやすい雰囲気を醸成し、助け合うカルチャーをつくり、挑戦し、失敗からも学び、新しい才能を歓迎することを通じて、心理的に安全な職場をつくります。
どの職場でも通じる「正解」はありませんが、心理的柔軟性を手に入れるとともに、下記のような観点に気を付けることが重要です。
・発言を歓迎する
・発言の内容を評価するのではなく、まずは発言したことについて感謝を述べる
・リーダーが間違ったときには間違いを認め、そこからの学びをメンバーと共有する
・助けが必要かどうか、困っていることはないか、聞いて回る
・相談されたら、手を差し伸べる
・挑戦を歓迎し、挑戦したことに対してまずは褒める
・失敗したときも、チームとして何が学びになるかを振り返る
この心理的安全性をつくるための、具体的なケーススタディーを日経 クロストレンドEXPOの講演では紹介したいと思います。
例えば、
・現場の声を拾い上げて新規事業のネタを発見し、組織の縦割りを超えた協働でイノベーションを実現した方法
・新人や若い営業マンが本音を言わず、不平・不満を口にせず、けれど気づいたら職場を去っているようなチームが、どのように退職が止まり、リーダーに相談が来るようになったのか
・表面上仲が良く、トラブルや衝突はないが、他責思考で、主体性・助け合いが感じられない職場で、いち平社員が上司をどうマネジメントし、話し合える職場をつくったのか
・問題があったり、分からなかったりしたとしても、部下が相談に来ない。部下一人では対応できないトラブルになってはじめて、自分のところに上がってくる。そのような職場が、いかに素早く、問題が小さなうちに報告が上がり、芽を摘めるようになったのか
経営の実践知と座禅・マインドフルネスを、現場の営業マンからたたき上げ、店長、人事部長、企業再生を経験し、上場企業の社長も務めたのち出家した禅僧の島津清彦と、行動分析の研究者である石井遼介が噛み砕いてお伝えします。
石井遼介氏が10月9日、日経クロストレンドEXPO 2019に登壇!
石井遼介氏の講演は公式サイトからお早めにお申し込みください(事前登録無料)。元上場企業社長の島津清彦氏と共にご登壇いただき、心理的安全性についてより深くお伝えいただく予定です。
【日経クロストレンドEXPO 2019開催概要】
日時:2019年10月9日(水)~11日(金) 午前10時~午後5時30分(開場 午前9時30分)
会場:東京ビッグサイト 西ホール
入場料:登録無料(事前登録で3000円の入場料が無料になります)
【お申し込みは公式サイトから】