ロボットやAIなどを駆使して人間の能力を高める「人間拡張」。未来の技術と思われがちだが、実は産業化が迫っている。「日経クロストレンドEXPO 2019」では、次のメガトレンドである人間拡張の最新デモを展示。それに先立ち、同分野の産業化をけん引する産業技術総合研究所の持丸正明氏に展望を聞いた。

「人間拡張」はビジネスになる! EXPOで特設展示も開催(画像)

 少子高齢化や労働力不足といった、社会課題を解決する手段として注目を集めているのが「人間拡張」の技術だ。

 人間拡張とは、さまざまなテクノロジーを駆使し、人間の本来の能力を飛躍的に高めることを指す。広い意味では肉眼では見えないものが認識できるようになる顕微鏡や望遠鏡もその一種と言われ、実は古くからある概念だ。だが今、ロボットや人工知能(AI)などのテクノロジーの急激な進化で、一気に産業化へと加速している。

 10月9日(水)~11日(金)に開催する「日経クロストレンドEXPO 2019」では、人間拡張に関する特別展示を実施。産業技術総合研究所(産総研)やMira Robotics(川崎市)の協力を得て、ビジネスや社会を激変させる可能性のある最先端テクノロジーを体験できる(イベントへの参加登録はこちら)。

テクノロジー頼みでは産業化できない

 日本市場での産業化をけん引するのが、今回のイベント展示に参加する産総研の「人間拡張研究センター」だ。2018年11月、千葉県柏市に設立された研究所で、センシングやAI、ロボティクスに加え、心理学、人間の感覚・認知科学、サービス工学など、様々な領域の研究者が集結している。

人間拡張研究センターの専門領域と応用分野の例(産総研の資料を基に編集部で作製)
人間拡張研究センターの専門領域と応用分野の例(産総研の資料を基に編集部で作製)
産業技術総合研究所 人間拡張研究センターのセンター長を務める持丸正明氏。専門は人間工学、バイオメカニクス、サービス工学
産業技術総合研究所 人間拡張研究センターのセンター長を務める持丸正明氏。専門は人間工学、バイオメカニクス、サービス工学

 同研究センターでは、人間拡張を「人に寄り添い、人を高める技術」と定義している。「人間拡張と言うと、サイボーグ化などによって人類ができないことを可能にする“超人化”の技術に目が行きがちだが、それだけではない」と、同研究センター長の持丸正明氏は語る。

 「ITやロボットを使って我々の能力を高められるのは、もはや当たり前。電卓を使えば素早く計算ができ、飛行機を使えば空を飛べるというのと同じことだ」と、持丸氏は指摘する。テクノロジーを使うことで人間単独のときよりも能力を拡張することはもちろん、継続的に利用して自身の能力も維持・増進できるようにすることを目指すのが、産総研のユニークさ。情報技術やロボット技術を活用したウエアラブル(装着できる)あるいはインビジブル(見えずにそばにある)のサポートシステムを研究開発している。

「適度なサポート」が能力を拡張させる

 人に寄り添う人間拡張のコアとなる技術が、「センシング」と「人体のモデリング」だ。

 まずセンシングでは、センサーデバイスを駆使し、人間の状態をリアルタイムに把握することを目的とする。人間を適切にサポートするには、個人個人の状態をリアルタイムに計測・分析することが何よりも肝要。「人の行動を単純に機械やロボットで代替してしまうと、人間は本来の能力を使わないようになり機能が低下していく可能性が高い」(持丸氏)。「サポートしすぎ」を防ぐために、緻密にセンシングをして「適度なサポート」を提供することが人体拡張には求められるのだ。

 適度なサポートが必要になるものとして、持丸氏は「ロボット介護機器」を挙げる。歩くのが困難になった人が補助的に使う歩行器をベースとしたもので、モーターの力で歩行をアシストするのが特徴。だが、ここで重要なのが、「どの程度サポートすればいいのか」だ。

 持丸氏によれば、歩行に困難がある要介護2の人が歩行器を使わなかった場合、歩く量が減りその後の8年間で急激な勢いで自己の身体能力が劣っていく。対して、歩行器を使って歩くことを諦めない人では、身体能力が維持・改善しているケースが圧倒的に多いという。つまり、機械のサポートを受けてでも、継続的に歩くことがその後の結果を大きく左右するのだ。

 そこに人間拡張の出番がある。「歩行に必要な能力を100とした場合、20しかない人は歩くのを諦めがちだった。だが、ロボット介護機器で80を足して100に“拡張”することで生活が楽になる上、能力の維持・向上も期待できる」(持丸氏)。このアシストすべき”強さ”を正しく推定するには、人体の緻密なセンシングが必須。能力が改善したら70、60、50とサポートの割合を減らすことで、さらなる能力の向上にもつながる。

 産総研では、さまざまなセンシングデバイスの研究開発を行っている。中でも注目は、基盤や電子回路を繊維に印刷して作るセンシングシート。高度なプリンティング技術によって、大幅に薄型化・軽量化を達成している。圧力分布や温度分布を計測できるタイプが既に開発されており、地面に敷いたり、着用したりと、どこにでもセンシングデバイスを設置できるようになる革新的な技術だ。「利用者がセンシングされていることを自覚せずに使えるため、さまざまなサービスに組み込みやすい」(持丸氏)という。

電子回路のプリンティング技術を活用した、薄型軽量の圧力分布センシングシート。さまざまな場所に自然に設置できる
電子回路のプリンティング技術を活用した、薄型軽量の圧力分布センシングシート。さまざまな場所に自然に設置できる

ビッグならぬ「ディープ」なデータが競争力に

 もう1つのコア技術が、人体をサイバー空間に作る「モデリング技術」だ。産総研では、人体工学やリアルな人間を研究室で詳細に分析したデータ(ディープデータ)を基に、コンピューター上に“デジタルヒューマン”を作製。「センシングデバイスによる簡易的な測定や断片的な身体情報を取り込むだけで、即座に個人それぞれのモデリングができる」(持丸氏)。その情報に基づき、必要な支援の度合いを選択・判定。リアルタイムにロボットなどでサポートを行う。

 日経クロストレンドEXPOの体験ブースでは、このセンシングとモデリング技術を駆使した展示を実施する。地面に前述の薄型圧力分布センシングシートを敷き、その上にバランスボールを設置。人が乗ることで、その人の体の情報を瞬時にフィードバックする。実際に計測している数値は圧力分布のみだが、サイバー空間にデジタルヒューマンを生成することで、例えば体の固さや姿勢などの情報をリアルタイムに可視化できる。人体拡張の基礎となる「適度なサポート」のコア技術を体験できるので注目だ。

「日経クロストレンドEXPO 2019」で展示予定のデモ。圧力分布センシングシートとバランスボールを組み合わせ、載った人の姿勢や体の柔らかさなどを可視化する
「日経クロストレンドEXPO 2019」で展示予定のデモ。圧力分布センシングシートとバランスボールを組み合わせ、載った人の姿勢や体の柔らかさなどを可視化する

 人間拡張技術は、前述のように介護やヘルスケアなどの課題解決に直結する。さらに、人に寄り添うロボットやサポート機器を活用することで、労働力不足の特効薬になる可能性を秘める。既に人間拡張研究センターは、がんこフードサービス(大阪市)と組んで、厨房から客席前まで料理を届ける配膳ロボットの実証実験を行うなど、この分野にも積極的に取り組んでいる。

がんこフードサービスと共同で実証実験中の自動配膳ロボット。客席まで自動で食事を届け、最後はスタッフが手渡しする仕組み。スタッフは接客に集中できるため、サービス品質を維持・向上する効果も
がんこフードサービスと共同で実証実験中の自動配膳ロボット。客席まで自動で食事を届け、最後はスタッフが手渡しする仕組み。スタッフは接客に集中できるため、サービス品質を維持・向上する効果も

 高齢化に伴う介護やヘルスケアの問題、そして少子化による労働力不足。これらは、日本が世界に先駆けて直面している社会課題だ。「今後、世界各国が同様の社会問題に悩まされることは間違いない。人間拡張の市場を日本でいち早く確立し、世界に輸出できる産業にしたい」と持丸氏は語る。

【日経クロストレンドEXPO 2019開催概要】
ヒト、モノ、家、店舗のデジタル化によって生まれる新しいビジネスが分かる3日間と題し、さまざまなセミナーや展示イベントを開催します。事前登録すれば聴講は無料です。公式サイトからお早めにお申し込みください。

日時:2019年10月9日(水)~11日(金) 午前10時~午後5時30分(開場 午前9時30分)
会場:東京ビッグサイト 西ホール
入場料:登録無料(事前登録で3000円の入場料が無料になります)
お申し込みは公式サイトから

(写真/古立康三、写真提供/産業技術総合研究所)