見返りを求めてゲームを好きになったのか?

――僕は高校時代からゲームライターをしていましたが、ある時、好きだったゲームが「仕事」になったことに耐えられなくなり、趣味だった釣りを再開しました(笑)。

歌広場: 同じじゃないですか(笑)。これまでは「一番好きなものは何?」と聞かれて「ゲーム!」と迷わず答えてきた。それは、単純に楽しかったり、心に何かが深く残ったり、あくまでも個人の体験として完結する「趣味」だったからなんですよね。ところが、仕事となった途端、「どうでしたか?」と感想を聞かれ、それを表現することが求められるようになります。

この1年の出来事を振り返る歌広場淳さん
この1年の出来事を振り返る歌広場淳さん

――ゲームとの付き合い方が変わってしまったわけですね。

歌広場: はい。ちょっと話はそれますが、最近見た『愛がなんだ』(角田光代原作、今泉力哉監督、19年公開)という映画がとても良かったんですよ。主人公は、どうしようもなく薄っぺらい男の子に無償の愛を捧げる女の子。彼女は男の子に振り向いてほしいわけではなく、尽くして尽くして尽くし抜くことで、片思いという永遠のものを手に入れる。だからその男の子と両思いになった瞬間、愛が始まる代わりに、永遠だったものは失われてしまうというお話です。僕はそんな二人の関係に、僕とeスポーツを重ね合わせて見ていました(笑)。

 僕はゲームに見返りを求めたことはなく、とにかく好きで、楽しかった。それがeスポーツとして注目され、仕事につながったり、お金が動いたりするようになったとき、見返りが来ることが急に怖くなってしまったんです。

 映画には、主人公の女の子と同じように好きな相手に振り向いてもらえない別の少年も出てきます。その少年が主人公に「もう僕は降ります」「こんなことをやっていても何にもならないし、疲れた」と告げるシーンがあるんです。これに対して、普段はおっとりした主人公が人が変わったように怒るんですよ。「お前は見返りがあるから誰かを好きになったのか!?」と。

 このシーンを見ているとき、このセリフは、これから先、僕が誰かに言われることなのかもしれないと思いました。

 ずっとただ好きだったゲームから思いもよらずに生まれた見返りに、僕はショックを受け、くたびれてしまった。この見返りがなくなったとき、僕にとってのゲームは終わるんじゃないか?と思っていたところがあります。

 そんな僕に、この映画は「見返りや義務があろうがなかろうが、そのままゲームを好きでいればいいじゃん」と言ってくれているような気がしたんですよ(笑)。

 (この連載で前回お話ししたように)子供の頃の僕にとって、「ゲームは無駄なもの」だけど「自分で選んだ遊びだ」という自負がありました(関連記事「金爆・歌広場淳、「eスポーツ元年」の到来を視聴者の反応で実感」)。その頃を改めて思い出すというか、自分とゲームの付き合いにおける原点を見直すことが僕には必要だったんでしょうね。

 同時に、eスポーツやプロゲーマーという概念がないまま、純粋にゲームを楽しむ時期を持てていたことは、僕にとっては幸せなことだし、恵まれていたんだと思いました。