対戦格闘ゲーム「ストリートファイター」シリーズのすご腕プレーヤーとして、ゲームファンの間で有名なゴールデンボンバーの歌広場淳さん。ゲームやeスポーツ関連のイベントで活躍する一方、ずっと好きだったゲームが仕事になったことで、悩みも生まれたという。ゲーム、そしてeスポーツへの見方はどう変わったのか。集中連載の2回目。聞き手はゲーム分野を長く取材してきたライターの稲垣宗彦。

ゴールデンボンバーの歌広場淳さん
ゴールデンボンバーの歌広場淳さん
歌広場 淳(うたひろば じゅん)さん
1985年生まれ。ヴィジュアル系エアーバンド「ゴールデンボンバー」のベース担当。大のゲーム好きで、全国ツアー中は各地へアーケードコントローラーを持ち回り、会場や宿泊ホテルでゲームを行うほど。eスポーツイベントに自ら出場したり、解説やMCも務めたりと、eスポーツへの造詣も深い

――さまざまなイベントや催しも行われ、eスポーツの注目度が高まっていく渦中にまさにいた歌広場さんですが、ご自身の内面には何か変化はありましたか。

歌広場: この1年間、「eスポーツ」という言葉を何百回発したか分からないくらい、いろいろなメディアでお話しさせていただきました。その中で今回、このインタビューを受けるに当たって、正直になろうと思ったことがあって。

 実は僕、この1年でゲームがとてもつまらなく感じるようになってしまったんですよ。『ストリートファイターⅤ』が好きということは変わっていないんですが、どういうわけか以前ほど楽しくないんです。

――それは何がきっかけだったんでしょうか?

歌広場: 僕は幼い頃からゲームが好きですが、その間ずっと「ゲームなんて無駄なこと」と笑われてきたんです。しかし、“eスポーツ元年”がやって来て、結果的にゲーム業界に関わることが仕事になっていった。そのときに気づいたのが、僕はどうやらゲームが持つ「自由さ」が好きだったということです。

初めて味わった「ゲームが楽しくない」という感覚

――ゲームを仕事にして「自由さ」が失われていった?

歌広場: 仕事として触れる以上、プレーに対してストイックであることを求められるのがeスポーツです。僕はここ1年でそれに気づいたんですが、実はもう10年も前に気づいていた人がいて、それがプロゲーマーの梅原大吾選手です。

 梅原選手が日本で初めて「プロゲーマー」になったとき、それまで誰も考えたことがなかった「プロゲーマーの仕事って何なんだ?」という問題にぶつかった。そして出した答えが「日本で一番強くならなければ」ということでした。食事や睡眠、入浴などを除いた全ての時間、1日16時間もゲームに費やした結果、梅原選手はレバーに触れると気持ちが悪くなるような状態になってしまったと聞きました。プロとしてゲームが義務になった瞬間、全然楽しくなくなってしまったというんです。それと同じようなことを僕は今、経験しています。

 子供のころにあれほど「行くな」「やめろ」と言われ続けてもゲームセンターに通っていたときは、まさかゲームが仕事になるとは思っていませんでした。賞金がもらえるどころか、バンバンお金を注ぎ込んでいたわけです。でも、それは自分が選んだ行動だったし、ゲームセンターにいることで「自由なんだ」という気持ちが味わえた。僕にはそこが楽しかったんですね。

 一方で、仕事として接するようになると「これは言わないでください」とか「こういうふうに遊んでください」といった要求を受けることも出てきます。仕事である以上、もちろん必要なことなんです。

 そのうえ僕は、2019年前半までを「芸能人最強ゲーマーの歌広場淳」として過ごさなければいけませんでした。メディアに出演するときは、「歌広場はゲームで負けなし」という前提が求められます。勝つことがあれば、負けることもあるのがゲームですが、負けることが許されない状態がずーっと続きました。そして、ふと気づいたんです。「なんだこれ、つまんねーっ! ゲームしたくねぇ!」って(笑)。

 もう嘆きですよね。この視点って、プロゲーマーが陥る悩みと共通だと思うんです。僕はプロゲーマーではないし、その実力も伴わないのに、18年から19年まではプロゲーマーのように過ごさねばならなかったわけです。