※日経トレンディ 2019年12月号の記事を再構成

アサヒビールとしては32年振りに外部から取締役に就任した松山一雄氏。インタビューの後編では、スーパードライの苦戦が続く中、どういった変革を起こそうとしているのか聞いた。その指針には、P&Gのマーケター時代に犯した大失敗の経験があった。

前編はこちら

アサヒビール専務取締役 兼 専務執行役員 マーケティング本部長 兼 東京2020オリンピック・パラリンピック本部長 松山一雄氏。1960年生まれ、東京都出身。青山学院大学文学部卒業。鹿島建設、サトー(現サトーホールディングス)を経てノースウエスタン大学ケロッグ校にてMBA取得。その後、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)などを経て、2001年サトーに再入社。11年からサトーホールディングス社長。18年9月にアサヒビール入社
アサヒビール専務取締役 兼 専務執行役員 マーケティング本部長 兼 東京2020オリンピック・パラリンピック本部長 松山一雄氏。1960年生まれ、東京都出身。青山学院大学文学部卒業。鹿島建設、サトー(現サトーホールディングス)を経てノースウエスタン大学ケロッグ校にてMBA取得。その後、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)などを経て、2001年サトーに再入社。11年からサトーホールディングス社長。18年9月にアサヒビール入社

たった一人から出た言葉が、マーケターの考えを変えてしまうことがあるのですか。

松山一雄氏(以下、松山氏) そう。これは私が大事にしている「N1」の考え方です。1人の意見=N1にすぎないのだけれども、その接点をたくさん持っていると、ビビビッとくるものがある。一つ一つは点ですが、それが普段から考えている仮説とつながってくる瞬間があるんです。

 これは、私がP&Gで学んだ経験から来ている考えです。1991年から米国に留学してマーケティングを学び、93年にP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)に入社しました。そこであるプロジェクトで、R&Dのリサーチャーと組んだときに、目からウロコのリサーチ方法に出合ったんです。それが「N1」を徹底的に掘り下げる方法です。1人の消費者の家を訪問するなどして、ライフスタイルや意見を徹底的に掘り下げて聞く。その内容を、1人につき模造紙1枚に入りきらないほど書いて、20人分ほどを部屋いっぱいに並べて議論していきます。「このコメントは、本質的にこの人に似ていない?」と。そのときに学んだのが、「20人を徹底的に掘り下げることができれば、手に入れるべき仮説はすべて手に入る」。これは面白いなと思い、マーケで行っている定量調査と融合させて、自分なりの方法にしています。

定量調査では消費者の感情はわからない

松山氏 実はP&Gでは、最初に任されたリンス・イン・シャンプーの大きなリニューアルで大失敗しました。そこでやってしまったのはこういうことです。新商品の中身を白いボトルに入れ、ブラインドテストをしたら、現行商品よりも格段に評価が高かった。次にパッケージをいくつか作って比較してもらったら、これも現行品よりも評価がいい。その調子で、香り、CMなどをバラバラに定量調査をして、「すべて勝っているから負けるわけがない」と判断してしまった。相手は生身の人間なのに、断片的なことだけを聞いて、商品としての総合力がどうなのかを考えなかったんです。そういえば、そのときある人が「この商品、誰が買うの」と言っていたのが気になっていたのですが、たった1人の意見だとして重視しなかった。この悔しい経験は今もずっと私の指針です。

 私が入った90年代前半のP&Gは株価も低迷し、ビジネス的にも失敗の多かった時期でした。その後、2000年に社長に就任したA.G. ラフリーが、「Consumer is Boss(消費者がボス)」と言ったんです。自分が社長なのに、一番偉いのは自分ではなく消費者だと。これは私にとっても座右の銘です。

 消費者の声を聞くということは、サトー(ホールディングス)に戻ってからも同じです。サトーでは経営者として海外法人の立ち上げを担い、営業マーケティングの立場を超えて人事やオペレーションも幅広く経験しました。マーケティングだとどうしても正論で、青臭いことを言ってしまうけれども、経営者にとっては会社という現実がある。株主や創業一家といったステークホルダーがいる。そこでどう判断していくかというのは、マーケだけでは得られない経験でした。

 サトーは東証1部の機械セクターで、プリンターなどのメーカーなのですが、実はハードウエアの売り上げは2割くらいで、6割くらいがラベルなど。あとは付帯するソフトなどの売り上げです。新しいプリンターを出すときは、やはりスペック勝負なんです。「従来品よりも印字スピードが30%上がりました」「20%省スペースに」とかね。ところが、サトーに何を期待していますかとお客さんに聞いてみると、「そりゃあ、現場が止まらないことだよ」と。

 それはスローガンではなく、ビジネスとして目的にすれば、できるんです。それまでは、お客さんから「機械が止まった!」と連絡がくれば、すぐにサービスが向かって直す。そのスピードがサトーの特徴でしたが、直るまでのタイムラグはどうしてもある。

 そこで、プリンターにIoTを実装し、止まりそうになったらこちらにアラートが届いて、止まる前に直しにいく、またはリモートで解決する。そういった先手を打つサービスが可能になる、SOS(サトー・オンライン・サービス)を始めました。副次的効果として、24時間待機していたカスタマーセンターの出動態勢が3割以上減り、働き方改革にもなりました。「世界初のIoT実装プリンター」と言われたのですが、その技術がつまったモノを売ることが大事なのではなく、お客さんに「現場が止まらない」という価値を提供できることがすごいんです。

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