インターネット映像配信サービス「ネットフリックス」が日本でのオリジナル作品の制作を強化している。2019年8月に配信が始まった『全裸監督』はアダルト業界を真正面から描き、日本のみならずアジア各国でも視聴ランキング上位に食い込んだ。制作を統括した坂本和隆氏は「これからも語られてこなかった題材を探し出し、新たな切り口で表現していく」と話す。

Netflix Japan コンテンツ・アクイジション ディレクターの坂本和隆氏。1982年生まれ。映像制作会社を経て、2015年にNetflix Japan入社。『アグレッシブ烈子』『DEVILMAN crybaby』などを手がけ、現在は日本発のオリジナル実写作品の制作を統括。『リラックマとカオルさん』『全裸監督』などを担当している。
Netflix Japan コンテンツ・アクイジション ディレクターの坂本和隆氏。1982年生まれ。映像制作会社を経て、2015年にNetflix Japan入社。『アグレッシブ烈子』『DEVILMAN crybaby』などを手がけ、現在は日本発のオリジナル実写作品の制作を統括。『リラックマとカオルさん』『全裸監督』などを担当している。

 「ネットフリックスに集まる様々な国のチームと話すと、日本文化への期待度の高さを感じる」。ネットフリックスで日本発オリジナル実写作品の制作を統括するコンテンツ・アクイジション ディレクターの坂本和隆氏はこう話す。19年8月に配信が開始された『全裸監督』は、日本のみならず、アジア各国でも視聴ランキング上位に食い込む話題作となった。

 この作品の主人公は1980年代、“アダルトビデオ(AV)の帝王”と称された村西とおる氏。これまで正面を切って描かれることが少なかったポルノ業界を題材にした異色作だ。大胆な企画はどうやって生まれたのか。

 坂本氏は「これまで手がけてきた作品は、『リラックマとカオルさん』『アグレッシブ烈子』『DEVILMAN crybaby』など。いずれも少し変わりダネで、他社では企画が通らなさそうなものばかり」と振り返る。それは、いまだ語られていないテーマや、ストーリーの描き方を探し求めているから。「人々はエンターテインメントに対して、常に新しさを求めている。変わりダネだからこそ、ヒットが生まれる」(坂本氏)。例えば、2018年に映画『カメラを止めるな!』が異例の大ヒットとなった背景には、同じような映画が増えてきて、新しい表現を見たいという人々の渇望があったとみる。

 そんな坂本氏が目をとめたのが、ポルノ業界だった。「海外ではポルノを描いた作品がいくつかあるが、日本のアダルト業界の裏側を取り上げた作品はありそうでなかった。正面からきっちりと描けるなら面白いのではないかと興味を持っていた」(坂本氏)。実は、全裸監督の主人公である村西氏については、原作本である『全裸監督 村西とおる伝』(本橋信宏著、太田出版)を読むまで、全く知らなかったという。坂本氏は82年生まれ。村西氏が活躍したバブル期の雰囲気を直接経験したわけではない。

『全裸監督』は山田孝之が演じるアダルトビデオ監督の村西とおる氏が主人公(写真提供/Netflix Japan)
『全裸監督』は山田孝之が演じるアダルトビデオ監督の村西とおる氏が主人公(写真提供/Netflix Japan)

 ネット配信は映画やテレビと異なり、コンテンツに対する制約が少ない。映画は2時間程度に収めなければならないが、ネット配信なら決められた分数で1話を完結させる必要はない。テレビのように決まった尺はなく、コマーシャルのブレークタイムも気にせずに済む。極め付けは、表現に対する規制も少ないことだ。例えばテレビドラマでは近年、喫煙シーンが敬遠されるようになり、どんな登場人物でも、クルマに乗るシーンではきっちりとシートベルトを着用する。しかし「それが逆にリアリティーを失わせているのでは」と坂本氏はみる。性表現が欠かせないポルノも同様。しかし、ネット配信ならそこを描ける。

 もっとも、過激な性表現を作品の売りにしようとしたわけではない。「セックスシーンは、ストーリー展開に不可欠な場面に絞り込んだ」(坂本氏)。例えば、村西氏が妻の不倫の場面に出くわしたシーンや、後に人気AV女優になる黒木香氏が初めて撮影に臨むシーンがそれにあたる。無駄なセックスシーンは一切ないが、一方で必要な場面では隠すものを隠さず、リアリティーを追い求めた。

 もう一つ気をつけたのが、時代感と普遍性だ。原作本は村西氏の視点で構成されているが、「村西氏だけにフォーカスするストーリーなら、正直、企画をやろうとは思わなかった」(坂本氏)。一番重要だと考えたのが、村西氏に見いだされてAV女優になった黒木氏のストーリーだ。「今の時代、男性からの一方通行の視点は受けない。それに、男女の人間ドラマはどこの世界にも通じる普遍的なテーマだ」(坂本氏)。自らの意思でAVの世界に飛び込み、性の主導権を握るという黒木氏の描き方は現代的。男性のための“商品”として搾取される側だったAV女優の立場を大きく変える存在として登場する。この点は、史実とは異なると指摘する声がないわけではない。

 しかし、この作品はあくまでも史実をもとにしたフィクション。「1982年生まれでバブル時代の雰囲気を知らない自分のような世代に、当時をどう捉えて見てもらえるのかも、1つのチャレンジだった」(坂本氏)。映像では80年代の光景を再現しつつも、劇中の音楽にはあえて現代風の洋楽を使うなどして、懐かしさだけではない80年代の描き方に腐心したという。

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