リポートをまとめるときに、官公庁のデータを引用したことがあるという人も多いだろう。官公庁のグラフは、網羅性や公平性を重視しているためか、多様な要素を盛り込んでいることが多い。これらは美しいグラフの定義には当てはまるのか。ビジュアライゼーションの達人、松島七衣氏が解説する。

グラフに多くの要素を盛り込み過ぎると、何を訴えているのか、読み手に伝わりづらくなるので要注意だ(写真/Shutterstock)
グラフに多くの要素を盛り込み過ぎると、何を訴えているのか、読み手に伝わりづらくなるので要注意だ(写真/Shutterstock)
今回のポイント
1.グラフの要素は伝えたい項目に絞る
2.内容の「フィルター」に惑わされない
3.円グラフは比較の用途には適さない

 官公庁が示すデータは、公共性があり、信頼性も高いので、多くの人々が活用しています。企業のプレゼン資料などで官公庁のデータが引用されているのをよく見かける、という人も多いのではないでしょうか。

 前回の記事で、美グラフとは①正しく伝わる②分かりやすい③シンプル、の3項目を満たすものと定義しました。官公庁の示すグラフはこの条件を満たしているでしょうか。官公庁のグラフをいくつか見ていくと、多くの情報を含めながら「①正しく伝わる」を意識しているものが多いものの、②と③は不十分に感じることがあります。

 官公庁はこうしたグラフを含む資料を参照し、行政の方針を検討しています。データの網羅性や公平性を重視する必要があり、官公庁ではこれが正解なのでしょう。ただ、そのグラフをビジネスの世界に持ち込んだとしたら、そのままで通用するとは言い切れません。ビジネス向けでは、言いたいことを②分かりやすく、③シンプルに伝える要素は不可欠です。

 筆者がこれまで学んできたビジュアライゼーション(視覚化)の知識を、官公庁のグラフに照らし合わせたときに、どう改善できるのか。いくつか例を紹介していきましょう。

そのグラフで伝えるべき情報だけにフォーカス

 ある発表資料にあった、「修士課程修了者の進学率も低下傾向」とタイトルに書かれたグラフを見てみましょう。「卒業者」と「進学者」と「進学率」の情報が入っていますが、ここで伝えたいのは「進学率」が下がったことです。

 「卒業者」と「進学者」を入れることで、全体の修士課程修了者数の推移などが読み取れますが、それはここで主張したいことではありません。データがあるから入れないともったいない、せっかくだから入れておこう、という考えはNGです。情報量が多くなると、読み手はどこを見るべきか戸惑いますし、人によって受け取るメッセージが変わってしまい、伝えたいことがストレートに伝わらなくなります。

 シンプルに「進学率」だけを表してみると、雑音がなくなり、誰もが「進学率は低下傾向」だと読み取ってくれます。伝えたいことのゴールを考え、そのメッセージだけに集中した、シンプルで分かりやすいグラフを作るとよいでしょう。

NGグラフは「卒業者」「進学者」「進学率」をすべて数値付きで見せている。情報が多くてメッセージが伝わりづらい。「進学率」だけを表し、数値は最初と最後だけで、伝えたいことは十分伝わる
NGグラフは「卒業者」「進学者」「進学率」をすべて数値付きで見せている。情報が多くてメッセージが伝わりづらい。「進学率」だけを表し、数値は最初と最後だけで、伝えたいことは十分伝わる

誘導されていないか、正しく疑う

 ある白書では、毎年実施される世論調査から「日本の誇り」を感じる項目の変化をグラフ化していました。このグラフが載った章のメッセージは「日本人は、『物質的な豊かさ』から『心の豊かさ』を求めるように変化している」とのことです。

 掲載されたグラフを見ると、どの項目がどんな推移をたどったのか判別しづらいです。すぐに何かを読み取ることは難しいので、上向きの矢印から、全体的に上昇傾向なのだと解釈するでしょう。さらに、解説として「日本人の感性や美意識が増加」と書かれているので、項目の一覧を眺めてなんとなく納得してしまいがちです。

 矢印の効果ですべての項目がどんどん上がっているような印象を受けます。グラフ後半の傾向が今後も続くだろう、と読み手は考えるでしょう。

 ここでグラフを冷静に見てみましょう。メッセージにある「美しい自然」、「すぐれた文化や芸術」、「長い歴史と伝統」の推移は確かに順調に上がっていますが、これを単純に「日本人の感性や美意識が増加」とまとめてよいのでしょうか? 見方によっては、伝えたいメッセージに沿った都合のよい解釈とも言えそうです。

 伝えたいメッセージなしにこのグラフを見ると、他と異なる動きをしている「治安のよさ」が目立つ動きをしています。「日本の誇り」として「治安のよさ」と回答する割合は、2005年をピークに約20%まで減少しましたが、2018年では最も回答割合の高い項目となり、60%近くまで上昇しています。

 「治安のよさ」に注目したグラフを作ってみました。複数のデータがある中で一部を注目させるには、目立たせたい線だけ色を変えると分かりやすくなります。ここでは「治安のよさ」をオレンジに、その他の線はグレーなどインパクトの少ない色みを選んだことで、シンプルにまとまっています。

多くの項目を一律に見せると、どこに着目すればいいか分からず、矢印やコメントを読むことになる。見せたい項目を色で目立たせ、グラフ上に項目名を記載することで凡例との照合を避ける。元データは内閣府の「社会意識に関する世論調査」
多くの項目を一律に見せると、どこに着目すればいいか分からず、矢印やコメントを読むことになる。見せたい項目を色で目立たせ、グラフ上に項目名を記載することで凡例との照合を避ける。元データは内閣府の「社会意識に関する世論調査」

 冒頭で、官公庁は網羅性を重視しているようだ、と書きましたが、例外もあります。「日本の誇り」に関する元の調査結果を参照すると、白書に掲載されたグラフは、上昇した項目だけを抽出していることが分かりました。白書に載っていない経済・科学技術・教育といった項目の多くは低下していたのです。

 私たちが普段目にするグラフも、データそのものは正しくても、作り手の主張に沿って、意図的なフィルターをかけた結果を見ているのかもしれません。もちろん、不要なデータを取り除くことはあります。それでも必要なデータを整理して見せるのと、内容に意図的なフィルターをかけるのでは、全く意味が違ってきます。

 グラフをうのみにするのではなく、心のどこかで「正しく疑う」ための意識を持っておくことも大切です。

元データを参照すると、上昇した項目だけではなく、横ばい、あるいは低下傾向にある項目も複数あった
元データを参照すると、上昇した項目だけではなく、横ばい、あるいは低下傾向にある項目も複数あった
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