ポルトガルの首都リスボンの南西1000キロメートルにある大西洋の孤島、マデイラ島。アフリカ大陸にほど近い奄美大島ほどの小さな孤島が、ここ数年、デジタル機器を駆使して自由な働き方を志向する「デジタルノマド」たちから注目を浴びている。人気の理由と、島で年に1度開催されるスタートアップイベントを取材した。
デジタルノマドのコミュニティーづくりを促進
ポルトガル領マデイラ島は日本ではそれほど認知されていないが、欧州人にはバカンス地として非常に人気が高い。世界40都市から直行便でつながるアクセスの良さもその一因。車で8時間ほど走れば1周できるくらいのこの小さな島に、年間850万人以上もの観光客が訪れる。また、世界屈指のサッカー選手であるクリスティアーノ・ロナウドの出身地としても知られ、ファンにとっては聖地ともいえる場所だ。
このマデイラ島が現在、「デジタルノマド」たちに人気のエリアとなっている。デジタルノマドとは、パソコンやスマートフォンなどデジタル機器を駆使し、国や地域にとらわれず自由な場所、スタイルで仕事をこなす人たちのこと。世界中のデジタルノマドたちの情報を提供するサイト「Nomad List」でも、マデイラ島はトップ20の常連だ。世界には居住環境に優れた場所や、IT環境が整っているエリアは数多く存在するが、その中でもマデイラ島に人気が集まっている理由はどこにあるのか。
マデイラ政府は、パイロットプロジェクトとして「デジタルノマド・マデイラ島(Digital Nomads Madeira Islands)」というプロジェクトを立ち上げ、デジタルノマドたちのコミュニティーづくりを促進してきた。これまで1万3000人を超えるデジタルノマドたちがこのコミュニティーに登録し、21年には新型コロナウイルス禍にもかかわらず、世界128の国や地域からやって来た6000人以上のデジタルノマドたちが島で働いている。
マデイラ島南部海岸沿いに位置するポンタドソルには、「デジタルノマドビレッジ」と呼ばれる施設がある。そこではフリーワーキングスペースの提供、宿泊施設の手配、コミュニティーやイベント運営、弁護士、コンサルタント、レンタカー、アントレプレナーなどの提供やサポートを行っている。マデイラ島ではこうしたデジタルノマド支援を24年まで試験的に行い、改善や見直しを図りながら将来に向けて定着させていく予定だ。
経費がかからず、気候も治安もいい
筆者は22年5月から6月にかけてマデイラ島に滞在し、そこで働くデジタルノマドたちにインタビューを実施。彼らがこの島を選んだ理由を聞いた。
彼らが第一に挙げた理由は気候の良さだ。マデイラ島は地中海性気候に属し、年間を通して気温が20度前後と“常春”な環境にある。特に欧州北部の人にとっては、日照時間が少なく、憂鬱で寒い冬を避けられるのは何物にも代え難いぜいたくといえる。
次の理由が物価の安さ。宿泊やコワーキングスペース、カフェなど生活費と仕事場にかかる滞在費をどれだけ抑えられるかは、デジタルノマドたちにとって重要な要素だ。ポルトガルは他の欧州諸国と比べて全体的に物価が安い。さらにクオリティーの高い生活環境や食事が得られるのも魅力だそうだ。マデイラ島へアクセスする際の航空運賃も、リスボンから高くても100ユーロ(約1万4000円)、安いフライトであれば20ユーロ(約2800円)程度で済む。移動にかかるコストが安価なことも、経費削減にとって大きなメリットだ。
Nomad Listのサイト情報によると、マデイラ島は特に女性のデジタルノマドに人気が高い。その理由はマデイラの治安の良さにある。筆者自身もマデイラ島に滞在していて、欧州とは思えないほど安全だと感じた。滞在先の家族は、パーキングに車を止める際に鍵をかけない。家の玄関も鍵がかかっているのを見たことがなかった。22年春に家族の1人が財布を落としてしまったそうだが、翌日それを拾った地元の人がわざわざ家まで届けてくれたという。この治安の良さはマデイラ島民の誇りでもあり、外からやって来る人たちにできるだけ居心地よく過ごしてほしいという気持ちの表れでもある。
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