世界最大級の国際観光展示会「FITUR(フィトゥール)2020」が2020年1月22~26日にスペインの首都マドリードで行われた。目を引いたのが性的少数者(LGBT)ツーリズムのセクション。「LGBTインバウンド」は旅行業界でも注目の分野で、スペインはその成功国なのだという。

マドリードのゲイパレードはヨーロッパ最大の動員数を誇る
マドリードのゲイパレードはヨーロッパ最大の動員数を誇る

年間支出額1950億ドル以上 LGBTツーリズムの可能性

 スペインはフランスに次いで世界2位の外国人訪問客数を誇る観光大国として知られ、同国の発表によると2019年は約8370万人もの観光客が訪れた。インバウンドブームに沸く日本ですら19年は3200万人弱だから、いかにスペインの観光客が多いかが分かるだろう。

 そんな観光国スペインで全5日間開催されたフィトゥールには19年より2000人も多い25万3000人が来場し、世界165の国と地域がブースを構えた。日本からも日本政府観光局が出展し、企業や地方自治体が日本への観光を呼びかけた。さまざまなセクションで催し物が繰り広げられる中、気になる一角を発見した。年々注目度が高まっており、例年大々的にプロモーションを展開しているという性的少数者(LGBT)ツーリズムのセクションだ。

フィトゥールのLGBTブースでは連日にぎやかな催し物や世界各国のLGBTツアーのプロモーションが行われた
フィトゥールのLGBTブースでは連日にぎやかな催し物や世界各国のLGBTツアーのプロモーションが行われた
フィトゥールの日本ブース。スペイン人にとって日本は憧れの旅行先の一つ
フィトゥールの日本ブース。スペイン人にとって日本は憧れの旅行先の一つ

 初出展から20年で12年目を迎えるというフィトゥールのLGBTエリアでは、スペイン国内の市や州、IGLTA(国際ゲイ&レズビアン旅行協会)などが、LGBTの人たちが楽しめるゲイエイリア、バー、レストラン、ホテルなどを紹介している。それと同時に、それぞれの町や州がLGBTに対していかにフレンドリーかをアピールしていた。

 “LGBTフレンドリー国”を掲げているスペインだが、国内でもバルセロナのシッチェス市、マドリードのチュエカ地区、マラガのトレモリーノス、グラン・カナリア島のマスパロマスなどはLGBTの人々が多く訪れ、自治体もその集客に力を入れている。また近年、アジアではタイや台湾、中南米の国々ではアルゼンチンやウルグアイ、チリなども同性婚を認めたり、合法化を試みたりすることが、LGBTツーリズムの強化につながっている。

 そもそもLGBTとは、L:レズビアン(女性同性愛者)、G:ゲイ(男性同性愛者)、B:バイセクシュアル(両性愛者)、T:トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)の総称として使われている言葉だ。そして近年、このLGBTセグメントによるツーリズムが注目を浴びている。

 世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)によると、現在LGBTセグメントは世界中の旅行客の10%以上、総旅行支出の約16%を占め、年間支出額は1950億ドルにも上り、新しい消費セグメントとして大きな可能性を秘めている。LGBTセグメントと旅行との相性は非常にいい。まず傾向としてLGBTの人々は旅行好きで、彼らのパスポート取得率は他のセグメントに比べて2倍以上だ。家庭や子供を持つ人が少なく、カップルなどで旅行する頻度や消費額が高い。高所得者が多いこともあり、富裕層マーケットの一つと見なされている。

広範囲にわたって展開されたGay(LGBT+)ブース
広範囲にわたって展開されたGay(LGBT+)ブース

LGBTインバウンドで成功するスペイン

 今回フィトゥールが開催されたスペインは、LGBTインバウンドで成功している国の一つだ。観光収入60兆円の内、10%をLGBT観光客が占めている。国を挙げてLGBTフレンドリー国をアピールするスペインは05年、オランダ、ベルギーに続いて同性婚を認めた。それにより平等で偏見のない、先進的かつ寛容なイメージが急速に広まった。

 LGBTに対する国内の理解も進み、それがLGBTツーリズムのビジネスが成功するきっかけとなった。その背景にはスペインが長年フランコ独裁政権の下、鎖国のような状態であったことも影響している。対外的に閉ざされたイメージが人々に根付いているのを払拭したいとの思いもあっただろう。

 旅行客もさることながら、欧州各国からLGBTの定年退職者がスペインへ移住をする動きも増えている。欧州のリーダー格としてドイツ、英国などでもLGBTに対する理解が進んでおり、国や地域を挙げてさまざまな取り組みを進めているようだ。

需要が拡大するLGBT狙いの新ビジネス

 最近は日本でも耳にするようになったゲイのコンテストだが、マドリードで開催される「Mr.Gay Pride(ミスターゲイプライド)」は欧州で1番、世界で2番目に大きな規模として行われている。それ以外にも年間を通して、Gay Day(ゲイデイ)などLGBTにまつわる多彩なイベントが頻繁に行われている。

 それらのイベントやプロモーションを企画運営しているのが、マドリードにあるJN GLOBAL PROJECT社だ。同社はイベント・マーケティング会社で、多岐にわたるイベントの企画や運営、プロモーションを手掛けてきた。現在はLGBTに特化したイベントのオーガナイズを一任されているという。同社の取り組みやLGBT関連ビジネスについて、ディレクターのナノ・ガルシア氏に話を聞いた。

JN GLOBAL PROJECT社のオフィス。LGBTの従業員が半数を占める
JN GLOBAL PROJECT社のオフィス。LGBTの従業員が半数を占める

 ナノ氏によると年々LGBTインバウンド関連の収益は増加しており、LGBTに対する世界的な関心とともに、ますますニーズが高まっているのだそうだ。ビジネス展開はLGBT旅行客専用のホテルの手配、グループツアーの企画、結婚式など多岐にわたる。では、LGBTツーリズムと一般の旅行では一体どんな違いがあるのか。

 「旅行自体のアクティビティーで言えば、観光地へ行ったり、ホテルに泊まったり、おいしいものを食べたりと一般の旅行と大きな違いはない。それに加え、LGBTの人たちが集まるエリア、バー、レストランへ立ち寄ることや、イベントへの参加などが異なる点と言える」(ナノ氏)

JN GLOBAL PROJECT社の創業者のナノ氏(左端)とフアン氏(右端)。2人は同性結婚している。写真中央は筆者
JN GLOBAL PROJECT社の創業者のナノ氏(左端)とフアン氏(右端)。2人は同性結婚している。写真中央は筆者

 LGBT観光客を引きつける場所にするために欠かせない要素は主に3つあるという。

 まず現地の人のLGBTへの理解度だ。ホテルなどでチェックインをする際、「ツインにしますか?」とスタッフに聞かれる経験をしたLGBTの人たちは多い。そんなときは「ダブルの予約でよろしかったですね?」など自然に聞く気遣いが大事だ。結婚式も同様で、式場のスタッフが偏見を持って彼らに対応していたらとても祝福されているような気分にはなれない。周囲の人が偏見を持たずに接することは、LGBTの人たちが心地よく旅をするためにも重要である。

 2つ目はその場所が文化的であることも重要だという。美術や文化的なものに触れる機会はLGBT旅行者でなくても大事な要素だろう。そうした面でロンドンやマドリード、パリなどは人気の都市だ。

 3つ目はLGBTに関連したイベントや催し物が行われていること。大きなイベントなどがあれば、それに参加しながら観光も楽しめる。

 上記の3つの要素に共通なのは、LGBTの人たちがありのままの自分自身でいられる環境だということ。カップルなら手をつないで歩いたり、振る舞いや行動に対して、周りの人々が偏見を持った目で見ないことが、彼らが心地よく旅を楽しめる大きなポイントである。

 JN GLOBAL PROJECT社では、LGBTに関して上記のようなイベント以外にも企業研修やコンサルティングなども行っている。顧客には米コカ・コーラや米フェイスブックなど大手企業のスペイン法人が含まれる。LGBTに関するダイバーシティー教育を行い、偏った見方などが人事に影響しないよう、社内での理解を促進する業務を担っている。

日本のLGBTツーリズム

 日本でもここ数年、東京を中心にゲイパレードやLGBTのイベントが行われるなど、LGBTへの理解を深めるための活動が目立つようになってきた印象がある。東京都内には数百件のゲイバーなどが密集するエリアが存在し、テレビなどで活躍するLGBTの有名人が何人もいることで身近に感じる部分もあるが、筆者自身はLGBTツーリズムの体験がない。JN GLOBAL PROJECT社で働くホセマニュエル氏が、日本へパートナーと一緒に旅行したときの経験を話してくれた。

 「僕はパートナーと一緒に日本へ2回旅行した。ゲイの人たちが集まる地区やイベントの情報はブロガーから集め、東京、大阪、京都などを楽しんだよ。ホテルなどにも泊まったけど、偏見的な視線を向ける人は誰もいないし、とてもホスピタリティーにあふれていた。ゲイタウンではお店にゲイの店だと分かりやすい看板が付けてあったのはすごく助かったね。日本は文化的財産がとても多い国で、LGBTインバウンドのポテンシャルがとても高い国だと思う」(ホセ氏)

パートナーと一緒に日本を旅したホセ氏(右端)
パートナーと一緒に日本を旅したホセ氏(右端)

 今後日本がLGBTフレンドリー国になっていくためには、私たちが偏見を持たないことも当然ながら、同性婚の合法化について真剣に考えることや、彼らを誘致するためのイベントの企画・運営をする国や地自体のリーダーが、LGBTツーリズムに目を向け、理解を深めていくことが大きなキーポイントになっていくのではないだろうか。

国内外からゲイの人々が集まるマドリードのチュエカ地区
国内外からゲイの人々が集まるマドリードのチュエカ地区

(写真/ERIKO)

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