スペイン人にとって、好きなサッカーチームを応援することは生活の一部といえる。近年は子供が教会で洗礼を受けるより前に、親が子供に応援しているクラブのカルネット(年間パス)を登録する人もいるほど。今回はスペインのサッカーリーグが展開するマーケティング戦略をリポートする。

ラ・リーガのオフィスを訪れた筆者(写真右)。写真左はラ・リーガグローバルネットワーク・インターナショナルのゼネラルマネージャー オクタビ・アノロ氏
ラ・リーガのオフィスを訪れた筆者(写真右)。写真左はラ・リーガグローバルネットワーク・インターナショナルのゼネラルマネージャー オクタビ・アノロ氏

ラ・リーガで活躍する日本人選手

 スペインで「La Liga(ラ・リーガ)」とはリーガ・エスパニョーラのこと。レアル・マドリードやFCバルセロナなど世界最高峰のクラブが存在し、スター選手がプレーしているサッカーリーグだ。サッカーを知らない人でも、リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウド(現在はイタリアリーグでプレー)といった名前を聞いたことはあるだろう。

 世界有数のスター選手がプレーするラ・リーガだが、実は海外ファンはそれほど多くない。日本で人気の海外リーグといえば、圧倒的に英国のプレミアリーグである。その理由は幾つかある。1つはプレミアリーグが昔から海外(特にアジアマーケット)で積極的にマーケティング活動を行い、試合開始を現地時間の15時前後(日本時間の23時前後)に設定するなど、日本やアジア地域でも楽しめるよう配慮してきたこと。これに対してラ・リーガの試合は、日本では夜中に放送されることが多く、熱心なファンでない限りリアルタイムで試合を見る人はそう多くはなかった。

毎年デザインが変わるラ・リーガの公式サッカーボール
毎年デザインが変わるラ・リーガの公式サッカーボール

 しかし近年はラ・リーガで活躍する日本人選手が注目されるようになってきた。同時に海外マーケティングも強化されつつある。

 2019年7月に古巣SDエイバルに移籍した乾貴士選手をはじめ、同年9月にマラガCFから突如契約を解消され、SDウエスカ(2部)に移籍した岡崎慎司選手、デポルティボ・ラ・コルーニャ(2部)の柴崎岳選手、ドイツのドルトムントからレアル・サラゴサ(2部)に移籍した香川真司選手など、日本代表クラスが顔をそろえる。

 若手の注目株の存在も大きい。FCバルセロナB(3部)へ移籍した安部裕葵選手、そして現地で“メッシ・ハポネス”(日本のメッシ)の異名をとる、マジョルカ(レアル・マドリードからの期限付き移籍)の久保建英選手だ。スペインに到着した時の入国審査で、「久保を知っているか。期待しているよ」と、私が日本人というだけで声をかけられるほどスペイン国民からの期待は高い。

ラ・リーガの公式スポンサーになった旅行会社のH.I.S
ラ・リーガの公式スポンサーになった旅行会社のH.I.S

 スペインの日本人選手の活躍で、ラ・リーガの日本に対するマーケティング活動が後押しされるのは間違いない。19年7月にはラ・リーガのオフィシャルスポンサーとして、大手旅行会社のエイチ・アイ・エス(H.I.S.)が契約を交わした。さらに今後、新たに日本の大手スポンサーが加わる予定だという。

マドリードにあるラ・リーガのオフィス
マドリードにあるラ・リーガのオフィス

 そこで今回、マドリードに本社を構えるラ・リーガを訪問した。案内してくれたのは、19年7月までラ・リーガグローバルネットワークの日本駐在員だったオクタビ・アノロ氏。現在はラ・リーガ グローバルネットワーク・インターナショナルのゼネラルマネージャーを務め、海外マーケティング全般を担当している。

ラ・リーガのオフィス内の風景
ラ・リーガのオフィス内の風景

 ラ・リーガには2部リーグも合わせて全42チームが存在している。歴史は古く、1929年に創立して19年で90年目を迎える。組織自体はここ4年間で急成長を遂げており、従業員数は50人から550人まで増加した。それではラ・リーガの急成長と、近年力を入れている海外戦略について詳しく見ていこう。

リーガ会長、ハビエル・テバス氏の組織改革と構想

 これまで海外のラ・リーガ人気は、一部の人たちのものでしかなかった。それが大きく変革を遂げたのは、ハビエル・テバス氏が会長に就任した13年からだ。同氏は着任してすぐ、ラ・リーガが抱えていた幾つかの問題解決に着手した。

ラ・リーガか抱える問題解決に着手した会長のハビエル・テバス氏
ラ・リーガか抱える問題解決に着手した会長のハビエル・テバス氏

 主な問題は3つあった。まずはクラブが抱えていた資金問題。これまで各クラブが自由に資金を運用していたが、中には借金を抱えるクラブもあった。それに対し、クラブにファイナンシャルフェアコントロール(資金運用制限)をかけたことで、資金運用がスムーズになった。

 次は放送権の販売について。以前は各クラブが直接海外メディアと交渉し、放送権を販売していたが、ラ・リーガが一括して行うようになった。これによってビッグクラブ以外のクラブの試合などもセット販売が可能になり、その売り上げを各クラブへ渡せる仕組みができた。最後にマッチフィキシングの問題。選手と直接交渉してお金をやり取りしていた、八百長試合の取り締まりを強化した。

 以上の問題解決によって新しいマーケティング展開の基盤が整い、海外戦略に乗り出せるようになった。

海外で大切なのは「ラ・リーガの人気を2番にすること」

 テバス氏のもう1つの大きな改革は、海外マーケティングである。ラ・リーガが抱えていた問題解決を推進し、組織を整えた後、17年に「グローバルネットワーク」というプログラムを立ち上げた。これは米国、メキシコ、ナイジェリア、南アフリカ、英国、スペイン、インド、中国、シンガポール、日本、ブラジル、インドネシアの12拠点を中心に、43人の特派員を派遣し、現地密着でマーケティングを行うというもの。

 ラ・リーガの海外マーケティングは、グローバルとローカルを掛け合わせて“グローカル”と呼ばれている。本社で決議されたマーケティング戦略をそのまま現地で行うのではなく、それぞれの国や地域の特性に合わせて展開することを表している。

全クラブのフラッグが並ぶラ・リーガの会議室。会見などもここで行われる
全クラブのフラッグが並ぶラ・リーガの会議室。会見などもここで行われる

 各地で実践しているマーケティング活動は多岐にわたる。例えばラ・リーガの試合を放送するテレビ局と連携し、視聴率アップにつながるイベントやプレゼントなどを行う。メディアや記者など情報発信者との関係を深め、ラ・リーガのことを熟知してもらい、記事に反映してもらう。また企業やスポンサー、大使館、スペイン関係の教育機関、商工会議所とパートナーを組むことなどだ。

 アノロ氏は、ラ・リーガの海外マーケティング戦略で最も大事な部分についてこう語る。

 「現地マーケティングで大切にしているのは、その国でラ・リーガの人気を“2番にする”こと。1番はその国のサッカーリーグのファンを増やし、盛り上げること。日本では特にJリーグやなでしこJAPANの人気が高まるような協力関係を築き、ラ・リーガと日本のクラブ同士の結び付きを強めることに努めた。グローカルで大切なのは、サッカーファンを増やすこと。日本に来るまでは日本のマーケットは非常に閉鎖的だと思っていたが、実際はその逆。メディアもサッカーファンも強い興味を示し、協力してくれた」

ラ・リーガグローバルネットワーク・インターナショナルのオクタビ・アノロ氏
ラ・リーガグローバルネットワーク・インターナショナルのオクタビ・アノロ氏

 こうした海外戦略によって、日本のラ・リーガのファンコミュニティーは2チームから8チームに増えた。放送時間を変更する戦略も始まっている。現在はアジアのマーケットに合わせて、FCバルセロナ、レアル・マドリード、日本人選手が出る4試合(土曜日、日曜日)などをアジア時間に対応させている。それによってアジア地域の視聴率は以前と比べて60%も高くなった。

 アノロ氏が強調するのは、「サッカーはスペインの楽しみ方の1つ」ということ。スペインは気候が良く、食事もおいしい。人々はフレンドリーで地域性がある。サッカー好きとそうでない人のカップルが旅行に来たとしても、スペインにはサッカー以外に楽しめることがたくさんある。日本ではバルセロナやアンダルシア地方、マドリードが観光地として有名だが、北部のバスク地方やポルトガルと接するガリシアにもクラブチームはあるし、観光地は短期間で回りきれないほどある。サッカーをきっかけにスペインという国の面白さを体感してみてはどうだろうか。

(写真/ERIKO、写真提供/La Liga)

この記事をいいね!する