世界屈指の高齢化社会・日本。高齢者や障害者に対するバリアフリーな世の中に対するニーズが高まっていくのは間違いない。ロシアでも福祉用具開発やリハビリ施設の運営などで注目の企業がある。イストーク・オーディオは補聴器を筆頭に、さまざまな障害を抱えている人にソリューションを提供している。

ロシアのモスクワに拠点を構える福祉用具メーカーのイストーク・オーディオ
ロシアのモスクワに拠点を構える福祉用具メーカーのイストーク・オーディオ

 社会的課題としてよく挙がるキーワードに「環境」「高齢化」がある。2019年の敬老の日(9月16日)に合わせて総務省が発表したデータによると、日本は既に65歳以上の割合が28.4%を占める高齢化社会だ。将来ますます高齢者が多くなると、生活インフラや社会体制も大きく変化していくに違いない。19年7月の参議院選挙では、重度障害者が国会議員に当選したばかり。誰もが快適に過ごせるバリアフリー社会への実現に向け、世間の意識も変わっていくのではないだろうか。

 世界では障害者や高齢者を支える福祉用具・機器の業界は、日々目まぐるしい開発競争が行われている。ロシアの首都モスクワに、社会的弱者に対する生活インフラのソリューションを提供するビジネスで注目を浴びている会社がある。今年で創業25周年を迎えるイストーク・オーディオだ。今回は同社が展開する画期的で精力的なビジネスを紹介したい。

街の眼鏡屋のような存在を目指す福祉用具メーカー

 イストーク・オーディオはソ連時代、軍用機器の会社だった。当時、創業者の母親が難聴で、家族がイタリア旅行に行った際にイタリア製の補聴器をプレゼントしたのがきっかけで補聴器の製造を始めた。

 「誰もが健常者と同じように情報を得られ、バリアフリーの社会をつくる必要がある」と豪語するのは、イストーク・オーディオ最高経営責任者(CEO)のクリマチェフ・イワン・イワノビッチ氏。彼が社長に就任したのは、ソ連崩壊後の1993年だ。

イストーク・オーディオ最高経営責任者(CEO)のクリマチェフ・イワン・イワノビッチ氏(写真右)
イストーク・オーディオ最高経営責任者(CEO)のクリマチェフ・イワン・イワノビッチ氏(写真右)

 ロシアでは2012年から、“あらゆる人がアクセス可能な社会をつくる”というプログラムを推進している。14年ソチオリンピック開催をきっかけに、さらなるバリアフリー社会の実現に向けて力を注いでいる。

 イストーク・オーディオのビジネスは、難聴者に対する製品やサービスの提供ほか、全盲者もしくはその家族が生活、仕事、休暇の際に必要となる2000以上のアイテムの流通販売、さらには義肢、リハビリテーション事業なども手掛けている。彼らの強みは国際市場を熟知していること。実際に世界各地へ足を運び、市場調査を欠かさず行っているという。現在ロシア市場に照準を合わせた事業展開で、業界では国内トップを走り続けている。

 ロシアの人口1億4千万人のうち、聴覚に何らかの問題を抱えている人は約10%。そのうち、約2%が補聴器の装着が必要とされている。現在、ロシアにおける補聴器の年間販売台数は約30万台。世界を代表する補聴器メーカー5社のうち3社が存在する人口500万人のデンマークでは、毎年4万台の補聴器が売れている。また人口8000万人のドイツでは80万台。これらの国と比較すると、ロシアでの補聴器の普及率はまだ低く、これからマーケットを開拓する余地が十分にあることが分かる。

 「眼鏡屋がどの街にもあるように、補聴器屋がどの街にもある社会にしたい」というのがクリマチェフ氏の目標の1つ。現在イストーク・オーディオのセンターや販売拠点は、クリミアからカムチャツカ半島までロシア国内に250カ所あるが、今後も増やしていく予定だ。

重い・ダサいはもう古い! スマホ連動の補聴器

 以前、筆者の祖父が難聴になり、家族が補聴器を購入したことがあった。しかし祖父は音量調節や付け心地が気に入らず、結局1、2回付けただけでその後は使用することはなかった。家では映画館かと思うようなボリュームでテレビを見ていて、家族から苦情を受けていたことを思い出す。そんな出来事から、筆者自身も補聴器に対して、どこか煩わしいものという見方をしていた。

スマホと連動した人気の補聴器
スマホと連動した人気の補聴器

 イストーク・オーディオが販売する補聴器にはさまざまなデザインや形状があり、3Dプリンターで色や形を個人の耳に合わせて作ることもできる。デバイス自体は軽量で、コンパクト。さらにスマホのアプリと連動し、充電や音量調整が可能。レストラン、コンサートホール、会議室、地下鉄など、シチュエーションに合わせて簡単に音量やノイズを調整できる。一度補聴器を作れば耳の形などのデータが保存されるため、修理なども非常にスムーズに対応できる。

耳型を取り、3Dプリンターで個人に合った補聴器を作る
耳型を取り、3Dプリンターで個人に合った補聴器を作る

 空港にある難聴者のためのインフォメーション誘導システムも、イストーク・オーディオ製で、モスクワのシェレメチェボ国際空港などに設置されている。補聴器に搭載されている無線装置を通して、この看板に近づけば、空港内のアナウンスが聞こえる仕組みになっている。

モスクワのシェレメチェボ国際空港にあるインフォメーション誘導システム(カウンターの上に置いてある四角い機器)。ここに近づくと全体のアナウンスなどが無線装置を通して聞こえてくる
モスクワのシェレメチェボ国際空港にあるインフォメーション誘導システム(カウンターの上に置いてある四角い機器)。ここに近づくと全体のアナウンスなどが無線装置を通して聞こえてくる

 難聴者に対する製品は補聴器だけではない。「スマートハウス」と呼ばれる、音が感知できない人が生活に困らないよう設計された家だ。「センス」という製品を使い、水漏れ、ガス漏れ、子供が泣いている声、人の侵入などさまざまなリスクを、振動や光によって感知できるシステムである。現在ロシア国内、デンマークをはじめとする欧州諸国で販売しており、日本では大手医療機器メーカーとの協業を検討中とのこと。

スマートハウスに使われる水漏れなどを感知する「センス」
スマートハウスに使われる水漏れなどを感知する「センス」

0歳からアプローチする独自のマーケティング

 イストーク・オーディオのマーケティング戦略は、医者や専門家に対する製品情報の提供、お客との距離を縮めるためのSNS活用(ロシアではインスタグラムとフコンタクチェの利用者が多い)、国内のセンターや販売拠点におけるサービス提供など幅広い。中でも力を入れているのが、難聴検査とリハビリテーションを通したマーケティングだ。

 同社は12年にロシア保健省の要請に基づき、聴力検査のプログラムを開始した。検査内容は子供が生まれて3日までの間に聴力を調べるというもの。検査で難聴の疑いがあれば、2カ月の間に医療機関へ行き、再検査する。一連の検査によって難聴度合いが分かるため、補聴器の購入につながるのだ。

 実際、幼少期は難聴の察知が非常に難しく、ほとんどの親は子供がある程度成長するまで難聴であることに気づかないケースが多い。なかなかしゃべらない、問いかけに対しての反応が鈍いなど、異変に気づいたときには、耳が聞こえていなかったというケースがよくあるそうだ。生後3日以内に行われる聴力検査でより早く問題を発見し、リハビリや他の手立てを打てる画期的な制度である。

 現在、ロシア国内200都市でこの検査制度が実施されている。将来は聴力検査だけでなく視力検査もできるよう、現在ロシアの保健省と話を進めている。

リハビリセンターも運営し、成果を上げる

 イストーク・オーディオは、難聴の子供のためのリハビリセンター「トーシャ」も運営している。宿泊施設やキッチンなどが完備されたリハビリ施設だ。遠方から来る親子でも、安心して集中したリハビリを受けられる。スタンダードプログラムは5日間、1日4セッションで、いろいろなセラピストに指導してもらえる。夜はセラピストが親に対して、家での指導方法などを教える。

子供の難聴者のためのリハビリ施設「トーシャ」。現在21人がリハビリを受けている
子供の難聴者のためのリハビリ施設「トーシャ」。現在21人がリハビリを受けている

 音楽療法、物を同時に動かすこと、長いフレーズの聞き取り、息を吐く練習、体のバランスを養うトレーニングを通して、難聴者が音を聞き取り話せるよう指導する。リハビリを通して、それぞれ個人に合った補聴器(骨伝導、インプランテーションなど)を実際に使用したり、提案したりしている。リハビリ効果は高く、全く聞こえなかった子供が話せるようになったり、話せる単語の数が増えたり、体を動かせるようになったりするそうだ。

体のバランスを鍛えるためのプレイルーム
体のバランスを鍛えるためのプレイルーム

優しい社会づくりとビジネスを両立させる

 クリマチェフ氏を取材して感じたのは、社会問題の解決を事業化する視点を持った優秀なビジネスマンであると同時に、社会的弱者に寄り添い、バリアフリー社会を実現したいという優しい気持ちが根本にあることだ。だからこそ顧客が本当に必要としているものが何かを理解できるのだろう。利益が大きそうなビジネスチャンスがあったとしても、「社会が良くなるためのビジネスでないとやらない」という一貫したスタンスを持っている。

 クリマチェフ氏は若者たちの革新的な活動にも高い関心を示しており、スタートアップ企業への投資も欠かさない。

 20年の東京オリンピック・パラリンピック、そして既に進行している日本の高齢化。それらの課題に企業はどのようなソリューションを提案していくべきか。イストーク・オーディオの活動は、1つのヒントになるかもしれない。

(写真/ERIKO、製品画像提供/イストーク・オーディオ)