地球環境において最もホットなテーマの1つがプラスチックごみ問題だ。各企業もプラスチックの採用をやめ、環境に優しい素材へ切り替える動きが本格化してきた。この問題に対し、ロシアから革新的な解決策を提示しているのがソエムズだ。同社の紙を使った梱包材は、世界中から高い評価を得ている。
ロシアから世界のプラスチック問題を解決する
2019年6月に開催された20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)の議題の中心にもなった「海洋プラスチックごみ問題」。同年7月にはユニクロなど大手衣料品会社などがプラスチックの買い物袋を紙袋へ、コンビニエンスストアのセブン―イレブン・ジャパンはおにぎり包装をバイオマスプラスチック素材に切り替えるなど、プラスチックの使用に対する削減意識が急速に高まっている。
世界中を定住旅行(現地でローカルの家庭に滞在し、その文化や生活を体験する)していると、プラスチック使用規制(スーパーでレジ袋を購入など)は、以前から当たり前に行われている国のほうが多いし、人々の環境意識ももっと高いように思われる。18年に定住旅行したミクロネシアのパラオ共和国では、循環型社会を目指し、18年11月からPlastic Bag Reduction Actという法律が設置され、プラスチックバッグの輸入禁止がすでに始まっている。19年秋からはパラオ国内で本格的にプラスチックの使用が禁止になる予定だ。
プラスチックを使用しないことが、企業のマーケティングにつながることもある。食品メーカーのダノンは、パッケージ素材をプラスチックから紙に切り替えている。環境への配慮はもちろんだが、海洋生物の死骸などから会社名の入ったプラスチックごみなどが出てくれば、イメージダウンにつながる恐れもあるからだろう。
19年7月に滞在していたロシアでも、スーパーの袋は購入するのが当たり前。特に若者は環境意識が高く、プラスチック製品を使いたがらない人やプラスチックで包装されている商品を購入しない人が多い。とはいえロシア国内では、プラスチックに代替する包装製品を生産している会社はまだ少ない。
そんな中、環境問題にソリューションを提供し、革新的な製品を生み出している会社がある。ロシアの首都モスクワの郊外にあるソルネチノゴルスクで、プラスチック製品をパルプモールド包装材へ代替するビジネスを行っているソエムズだ。ロシアではパルプモールドの95%が卵パッケージに使われており、残りの5%はカップやフードトレーに使われている。その5%の国内生産を担っているのが同社である。
パルプモールドは段ボールや古紙を原料として作られる立体成型品で、使用後も再利用できるのが特徴。資源を有効活用できる素材で、プラスチックや発泡スチロール、段ボールに代わる包装材として注目されている。
エコロジカルかつデザイン性の高いソエムズのパルプモールド製品は、世界的に好評を得ている。クライアントはロシア国内だけでなく、米国やヨーロッパ、アジアと幅広い。ソエムズCEO(最高経営責任者)のデニス・コンドラチェフ氏は、過去にドイツで分別収集やリサイクル工場について学び、2008年にソエムズを立ち上げた。「私の目標は地球の環境問題の解決に向けイノベーションを起こす、第二のスティーブ・ジョブズになることだ」と、意欲を燃やす。
単にプラスチックを紙に置き換えるのではない
「パッケージ業界のオスカー」といわれているWorld Packaging Organization。17年にウィーンで開催された大会で見事「Worldstar Winners 2017」を受賞したのが、ソエムズが開発した紙製のレタスカップだ。
水耕栽培の葉物野菜はこれまで市場に納める段階で、パッケージが潰れたりダメージを負ったりしてしまっていた。しかし同社のカップは、運送してそのまま店頭に並べることが可能でダメージが少ないのが特徴だ。また、サラダ菜が育つ60日間にバクテリアが発生しないように工夫されている。ロシアのアグロホールディング・モスクバスキーやフィンランドのファミリーオイなど葉物野菜を生産している各国の大手会社に納めている他、ドイツ、ハンガリー、ブルガリアなどにも輸出している。
ロシアで生産しているドイツのハースや、ユニリーバ、ロレアル、P&Gからもトレーの受注を受けている。ソエムズの仕事は、発注を受けてプラスチックから単純にパルプモールドに包装を置き換えるだけではない。店頭に商品を陳列した際の見栄えや、従業員が並べる際の負荷軽減、輸送コストの削減など、さまざまなことを考慮してアイデアを提示するのが特徴だ。それらに関係するデザイナー、科学者、研究者もソエムズが独自に抱えている。
コンドラチェフ氏はパルプモールドの包装材の需要が高まっている背景に、若者のマインドの変化があると見る。
「プラスチック包装は安いので経済合理性はあるが、ロシアの若者は私たちと異なる価値観で物事を考えている。プラスチックの原料は石油だが、若者たちは石油に対して拒否反応を示している。石油は昔から国同士の争いを引き起こす元になってきたため、そうしたものを極力排除しようとするマインドを持っているのだ。石油などの炭化水素資源は一度採ってしまうと、地球がそれを作り出すのに何百年という月日がかかる。しかし木材であれば、それよりも短い期間で再生可能だ。そういうものにシフトしていくべきだという意識を持っている世代が育ってきているように感じる」
さらに同氏はこう続ける。
「現在は国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)のポリシーを意識している大手企業が増えている。そうしたムーブメントも後押しして、時代と我々の製品に対する需要がかみ合ってきているようだ。今後5年の間に、新たに2~3つ工場をつくるほどの需要があると考えている」
日本にパルプモールドが普及する日は来るか
ソエムズの第一工場にある4つのラインの稼働率は2年目で100%に達した。日々受注が増えているため、生産設備を増強すべくもう1つのラインを建設中だ。現在第一ラインでは、月間170~180トンの紙をリサイクルしており、新しいラインができればさらに500トンのリサイクルが可能になる。
20年には東京オリンピックが開催され、多くの外国人が日本へやって来る。日本がこれまでのようにプラスチックを多く使用していると、とても環境に配慮した国だとは思ってもらえないだろう。
日本でもパルプモールド素材の製品がプラスチックの代用として使用されるようになればうれしいが、さまざまな要因から普及には多くの課題があると考えられる。
日本でのパルプモールドの製造は、ロシアと比べると2~2.5倍のコストがかかるといわれている。その理由の1つがプラスチックの生産工場は広い土地がいらないのに対し、パルプモールドの生産には広い土地が必要になる点。日本ではほとんどの食品会社がPL(Positive List)の証明が付いたパッケージを使用しているため、パルプモールド素材のパッケージもPL認証されなければ普及に拍車は掛からないだろう。
しかし東京オリンピックがきっかけとなって、国や企業、国民が環境を再考し、新しいソリューションを生み出すいい機会になることを願いたい。
(写真/ERIKO)