国を挙げてIT産業に注力しているロシアのタタールスタン共和国。前回に続き、“IT都市”として発展し続けている同国内にある科学特区「イノポリス」の内部へさらに足を踏み入れていく。

イノポリスの街や建物の設計は、シンガポール人建築家のリュー・タイ・キブロン氏が手掛けた
イノポリスの街や建物の設計は、シンガポール人建築家のリュー・タイ・キブロン氏が手掛けた

授業は英語、IT人材を輩出する「イノポリス大学」

 タタールスタンはロシア連邦の中にある共和国の1つ。その首都カザンはロシア第3の都市で、ロシア最大のイスラム教スンニ派を信仰するタタール民族が暮らす土地である。イノポリスはカザン郊外に位置する、ソ連崩壊以降に作られた新しい街だ。2012年に建設が始まり、15年にオープンし、現在3500人が暮らしている(関連記事「大統領が仕掛けたIT都市構想 タタールスタン共和国で今何が?」)。

イノポリスは2024年までに人口5万人を目指している
イノポリスは2024年までに人口5万人を目指している

 AI事業やブロックチェーン、インターネット大手のヤンデックスがテスト中の無人タクシーなど、革新的な動きが目立つイノポリス。まずは次世代の有能なエンジニアたちを生み出す教育現場であり、この都市を語る上で欠かせないイノポリス大学から見ていこう。

 イノポリス大学(イノポリス特別経済区配置イノベーション情報技術大学)では、現在約600人の生徒がITを中心に学んでいる。教壇に立つ81人の講師は、世界トップ100のIT系大学で学んだ経験を持っている。大学は有料だが、優秀な成績で入学すれば学費は全て免除となる。奨学金で学費を免除された学生は卒業後、イノポリス市内で1年以上の労働義務がある。

イノポリス大学内。寮、レストラン、本のない図書館(デジタルブック)など施設も充実
イノポリス大学内。寮、レストラン、本のない図書館(デジタルブック)など施設も充実

 授業はソフトウエアエンジニアリング、ロボティクス、デジタルグラフィックなどIT産業に必要な科目を取り入れている他、時代の変化に対応するためイノポリスにあるIT企業と密に連携し、世の中の傾向や企業ニーズに応じて科目が追加される。

 ロシアの歴史や哲学など一部を除き、授業は全て英語で行われている。私がこれまでロシアに滞在した経験からすると、この国では英語を話せる人が欧州諸国に比べて極端に少ないように感じる。しかし、IT業界では最先端情報はほとんど英語で発信されているため、英語ができなければキャッチアップが大幅に遅れてしまう。イノポリスでは働く人も生徒も、ほぼネーティブ並みに英語ができる。

 ロシアではITインフラを整えるのに年間5万人の新たなエンジニアが必要で、ロシアのIT経済を支えるのに50万人も不足しているといわれている。現在、同国のエンジニアの58%は国外で働く意思があり、常にエンジニア不足に悩まされているという。IT人材を輩出するイノポリス大学は、こうしたロシアのIT産業において重要な役割を担っている。

 イノポリス大学に通うミーシャさん(2年生)とファラットさん(3年生)は、奨学金を得て勉強している優等生だ。彼らはイノポリス大学に通うメリットをこう語ってくれた。

 「企業と非常に近い距離で勉強ができたり、一緒にプロジェクトを行ったりするので、実際に仕事の現場を体験できます。またそこで生まれた疑問を勉強に反映できるので、非常に効率的です。大学校内や生活で困ったことや聞きたいことがあれば、メッセージングアプリ(Telegram)で情報共有すれば一瞬で解決できます。ここではほとんど政治の話をしないこともいいことだと思います。軍や政府のためではなく、国民のために仕事を生み出していることを実感できるからです」

イノポリス大学に通う学生たち。右からカティア・プロツコさん、ファラットさん、ミーシャさん、筆者
イノポリス大学に通う学生たち。右からカティア・プロツコさん、ファラットさん、ミーシャさん、筆者

AI部門でマーケットを広げる「インノダータ」

 イノポリスには現在約80社のIT企業があり、米IBMやロシアのヤンデックス、ズベルバンクなど11社の大手スポンサーとパートナーシップを結んでいる。そこで今回、AI市場でさまざまなビジネスを展開しているインノダータ(Innodata)社を訪ねた。

 インノダータは2年前に設立された会社で、想定した事業計画の2倍の速度で成長している。ロシア最大の航空会社であるアエロフロートも彼らの顧客の1社だ。具体的にどんな事業を展開しているのか、開発事業部マネージャーのイサフ・ガリウリン氏に話を聞いた。

 「我々のAI事業は多岐にわたるが、ベースはデータ分析だ。例えば航空会社で実際に行っているのが、利用客がSNSで発信するコメントを集めたテキスト解析だ。これによってニーズを把握したり、社内人事に反映させたりしてサービスの向上を図る。また、飛行機の状態をAIで分析して故障を察知する修理システムなども導入している。今後はAIを使った農業テクノロジーのプロジェクトを手掛ける予定だ。ドローンとAIを駆使して土壌状態のチェックや病気の察知をし、異常が見つかれば適切な農薬を自動投与するシステムを開発している。こうした新規事業や革新的なプロジェクトは、イノポリス大学の学生の協力や異業種とのミートアップイベントによる部分が大きい」

インノダータ開発事業部マネージャーのイサフ・ガリウリン氏
インノダータ開発事業部マネージャーのイサフ・ガリウリン氏

日本企業がロシアで主導するブロックチェーン技術

 イノポリスには画期的な開発で躍進を続ける日本企業も進出している。ブロックチェーンテクノロジー開発を行っているソラミツ(東京・渋谷)だ。同社は開発規模の拡大に伴い、外国人のエンジニアを探していたところ、多くの優秀なエンジニアを送出しているイノポリスにたどり着いた。現在、現地で約50人のロシア人エンジニアたちが日々開発に励んでいる。

エンジニアたちが働くソラミツのオフィス
エンジニアたちが働くソラミツのオフィス

 Co-CEO(共同最高経営責任者)の武宮誠氏は米国育ちで日本に帰化した、日本文化をこよなく愛する人物だ。武宮氏の狙いはブロックチェーンを使って、社会課題を解決すること。ブロックチェーンによって支えられているビットコインは、一部の人に富が集中するマネーゲームの側面があり、多くの電力が消費されるなど、地球資源が有効利用されていない点を危惧している。

 ソラミツの技術開発レベルの評価は高い。16年にリナックスファウンデーションがブロックチェーンの世界の標準を目指す(ハイパーレジャー)ためのコンソーシアムにおいて行った開発競争で、200社以上の名だたる世界企業の中から3番目に優れた技術として選ばれた。ソラミツロシアCEOを務めるカミール・サラヒエブ氏は、イノポリス大学の卒業生で、CTO(最高技術責任者)のアレス・ジブコビック氏は、かつてイノポリス大学で教壇に立っていた。

ソラミツロシアのカミール・サラヒエブCEO。日本語が好きでプライベートで学校に通っている
ソラミツロシアのカミール・サラヒエブCEO。日本語が好きでプライベートで学校に通っている

 ソラミツが展開するプロジェクトは着々と実用化の道をたどっている。カンボジアの中央銀行が国の決済をブロックチェーン化するプロジェクトや、インドネシアのBCA(Bank Central Asia)のブロックチェーンを使った本人確認システムのテスト運用などにソラミツの技術が使われている。またロシアの証券取引所グループNSD(National Settlement Depository)と合弁会社を作り、証券取引所向けの新しいブロックチェーンシステムが最終テスト段階に入っており、本格稼働間近だという。

 新たな仮想通貨を発行するプロジェクトも進行中だ。「SORA」と呼ばれる仮想通貨を使って、もの作りやエコ活動、ボランティアなどに投資できるアプリを開発した。投資先は地球にとって有意義で、経済発展につながる案件が選ばれている。

 ソラミツの目標は「Trusted Internet(信用できるインターネット)を作る」こと。プラットフォーマーが全てを手にする中央集権的なネットビジネスの在り方が問題視され始めた今、分散型のブロックチェーンに対する注目が高まっている。ブロックチェーンが次世代のインターネットを作り、新たな産業を生む日は近いのかもしれない。ソラミツが生み出していく、ロシアと日本の“合作”に期待したい。

(写真/ERIKO)