製造業で「輸入代替工業化」と呼ばれる取り組みに似た動きがデジタル経済でも見られる。「輸入代替デジタル化」ともいうべき動きだ。しかし、国内市場を保護して輸入品を入れず、自国企業に競争を促すこの策は、実は競争が自動的に発生するわけではない。既存のIT企業が市場を占拠することもあり得る。中国のデジタルサービスの領域で、輸入代替デジタル化がうまく進んだメカニズムをひもとく。

デジタルサービスでも保護主義を選択した中国のイメージ(写真提供/Shutterstock)
デジタルサービスでも保護主義を選択した中国のイメージ(写真提供/Shutterstock)
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安全保障か、保護主義か?

 2020年6月29日、インド政府は59個の中国製スマートフォンアプリの国内での利用を禁止する方針を公表した。理由は、「インドの国家安全と防衛を脅かす行為を行い、最終的にはインドの主権と倫理を侵害している」というもので、「インド外にあるサーバーに不正にユーザーのデータが送信されたとの報告がある」と述べた(Government of India [2020])。

 前後関係からすると、20年6月15日にラダック地方ガルワン渓谷で発生した中国人民解放軍との衝突への報復の側面が強い。衝突から2週間で59個のアプリを選定する作業をしたのかは不明だが、以前からインド国内ではTikTokに対して警戒感があった。禁止されるアプリにはTikTokに加えて、小米科技のビデオコールアプリ、アリババのブラウザーサービス(UC Browser)が含まれている。

 20年7月6日、米国のポンペオ国務長官も中国製アプリへの規制を検討中だと述べた。目下の中国製アプリへの規制は、安全保障上の懸念を理由としている。こうした現象はTikTokをはじめとした中国企業のデジタルサービスが、国外で市場を獲得した結果ともいえるだろう。国境を無意味化すると考えられていたデジタルサービスで、国による規制が前面に出る事態を迎えている。

 安全保障上の理由があることは踏まえたうえで、では国外のサービスを遮断することで、国内の事業者を育成することはできるのだろうか? 新興国の観点から見ると、以前から国内市場を保護して工業化を進める戦略があった。輸入されていたものを、国産品で代替していく工業化戦略は「輸入代替工業化」と呼ばれた。では輸入されているデジタルサービスを国内事業者で代替していく「輸入代替デジタル化」は可能なのだろうか?

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