日本でも働き方の変革を迫っている新型コロナウイルス。一足先に危機に陥った中国では、リモートワークが急速に普及し、アリババ集団や騰訊控股(テンセント)などがグループウエアで激しい勢力争いを繰り広げている。アリババの「釘釘(DingTalk)」は、日々の体温を報告させる機能や、テレビ会議での美顔効果機能を追加するなどでユーザー数を拡大。2億人以上が利用している。

アリババ集団のグループウエア「釘釘(DingTalk)」は、新型コロナウイルスの猛威が振るうさなかの2020年2月にバージョンアップし、攻勢を掛ける
アリババ集団のグループウエア「釘釘(DingTalk)」は、新型コロナウイルスの猛威が振るうさなかの2020年2月にバージョンアップし、攻勢を掛ける
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 アリババ集団は、毎年5月10日を「アリ・デー」という記念日に定め、社員の集団結婚式などのイベントを行っている。この記念日は、2002~03年にかけて中国を襲ったSARS(重症急性呼吸器症候群)に由来している。03年5月に、アリババの従業員にSARSの感染が疑われ、杭州本社は閉鎖に。勤務する500人以上の社員は在宅勤務を余儀なくされた。

 アリ・デーは、この苦境を社員が一致団結して乗り切ったことを記念して制定された。それだけではない。SARSで市民の多くが外出を恐れた結果、ネット通販を活用するようになるという、中国社会の大きな転機となった。災い転じて福となすではないが、中国が世界一のEC(電子商取引)大国となった起点というわけだ。

 そして20年、SARS以上の衝撃を与えている新型コロナウイルスの流行は、中国に何をもたらすのだろうか。キーワードは「無接触」だ。リモートワークや宅配サービスなど、人との接触を避けるサービスが急速に伸びている。

 日常生活では外食や生鮮スーパーなどの宅配サービスを使う人が急増。中国の多くの地域ではレストランは営業を中止しているが、出前だけで営業しているケースは少なくない。意外なところでは、ここしばらく下火になっていたシェアサイクルに復活の兆し。多くの人と接触するバスや地下鉄を避ける交通手段として、人気が回復していると報じられている。

 そして、最大のホットトレンドと言えるのがリモートワークやオンライン授業だ。中国では、多くの企業は20年2月の旧正月休みと合わせて約1カ月も閉鎖され、いまだオフィスが閉鎖されたままのところも。学校に至っては、20年3月末、あるいはそれ以降も閉鎖してオンライン授業への移行が決まった地域すらある。

 中国の調査会社iiMedia Researchの報告書『2020年中国新春遠隔勤務業界ホットトピック報告』によると、新型コロナウイルスの影響を受け、1800万社超、計3億人以上がリモートワークを行っているという。14億人を擁する世界一の人口大国・中国だけに何をやってもすさまじい規模になるとはいえ、これだけの数の人々がいきなりリモートワークに取り組むとは、まさに未曽有の事態だ。

中国の企業「PopuMusic」の共同創業者、駱石川氏から筆者に送られてきた写真。自宅に閉じこもりリモートワークで働いているという
中国の企業「PopuMusic」の共同創業者、駱石川氏から筆者に送られてきた写真。自宅に閉じこもりリモートワークで働いているという
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急成長しているリモートワークアプリとは?

 新型コロナウイルスを商機と捉えた中国のIT企業は今、グループウエアやビデオ会議ソリューションを大々的に展開している。アリババグループの「釘釘」、騰訊控股(テンセント)の「企業微信(ワーク・ウィーチャット)」、TikTokの運営会社として知られるバイトダンスの「飛書(FEISHU)」、華為技術(ファーウェイ)の「WeLink」、オフィスソフトメーカー大手のキングソフト「WPS+クラウドオフィス」などがその代表格で、いずれも新型コロナウイルス流行期間中の無料利用プランなどを展開して、しのぎを削っている。

 社内の連絡帳およびチャット、音声通話機能、出勤管理、タスク管理、共有カレンダー、クラウドドライブ、稟議(りんぎ)の認可といった定番機能はいずれも共通している。機能面での違いよりも、カスタマイズのしやすさやサポートの手厚さが勝負のポイントと言えそうだ。

 中でも急成長を遂げているのが釘釘だ。20年1月25日の「リモートワークガイド」「在宅受講プラン」発表に始まり、矢継ぎ早に機能をアップデートさせている。従業員が新型コロナウイルスへの感染の疑いがないか検査するために毎日の体温を報告させる健康カード機能や、ビデオ会議で朝礼を行うときに女性社員が化粧をするのが面倒だという声を取り入れたAR(拡張現実)美顔機能の導入など、スピーディーに対応している。

釘釘が新たに追加したAR美顔機能
釘釘が新たに追加したAR美顔機能
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 20年2月初頭には、米アップル社の中国版アプリストアのランキングで、中国最大のメッセージアプリである「微信(ウィーチャット)」を上回るダウンロード数を獲得。中国全土でリモートワークが本格的に始まった20年2月3日には、企業1000万社、2億人超が利用したという。加えて学校での採用も多い。新型コロナウイルス流行後のオンライン授業は、300を超える都市で5000万人超の生徒、学生が利用している。中国の小学生たちが「休校になるかと思ったら、釘釘のせいで授業があるじゃないか」とアプリストアのランキングに怒りの一つ星評価を連打するという、笑い話のようなエピソードも伝えられている。

釘釘が提供しているオンライン授業を開くためのマニュアル
釘釘が提供しているオンライン授業を開くためのマニュアル
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ウィーチャットに対抗する肝煎りプロジェクト

 釘釘は14年に始まったプロジェクトで、「湖畔花園マンション」という普通のマンションの一室で産声を上げた。決して使いやすいオフィスではないはずだが、実はアリババグループには肝煎り新規プロジェクトをこの創業の地から始めさせるという習わしがある。B2Cショッピングモールの「淘宝(タオバオ)」、物流ソリューション企業の「菜鳥(ツァイニャオ)」が代表格で、釘釘もまたこの列に加わった。

 14年段階ではリモートワーク、グループウエアなどまだまだ普及する気配すらなかったが、それでもアリババが重要プロジェクトと位置付けたのには理由がある。それはウィーチャットへの対抗だ。11年にサービスインしたウィーチャットはたちまち人気となり、メッセージアプリとして不動の地位を築いた。アリババグループはSNSの「微博(ウェイボ)」に出資したり、決済アプリの「支付宝(アリペイ)」にソーシャル機能を導入したりして巻き返しを図ったが、もはやウィーチャットの天下は揺るがなかった。

 ならば別の切り口で、という起死回生のプロダクトが釘釘だったのだ。企業や学校への地道な売り込みを続け、グループウエアではトップの地位を固めたところに新型コロナウイルスという“追い風”が吹いた。20年2月27日にはメジャーアップデートを発表。SNS機能を搭載するなど、ウィーチャットに近い機能も持ちつつある。

 バイトダンスの飛書も、同じくテンセントに対抗する狙いを持つ。エンターテインメント分野の覇者を狙うテンセントにとって、TikTokを擁するバイトダンスは目の上のこぶだ。ウィーチャットのSNS機能ではTikTok動画をシェアできなくするなどの圧力を強めてきた。そこでバイトダンスもグループウエアという切り口で反攻に出たというわけだ。

飛書のオフィシャルサイト。新型コロナウイルスの流行を受け、無料で利用できる措置を取っている
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 2社に包囲される形のテンセントもウィーチャットとのシームレスな連係が売りのグループウエア・企業微信を展開する。現時点では、プライベートでもビジネスでも分けることなくウィーチャットで連絡を取り合う人が多い。ならばその既存ユーザーをグループウエアに誘導しようという戦略だが、現時点では成功しているとは言い難い。ユーザー数は20年1月時点で6000万人と釘釘に離されている。新型コロナウイルスを“追い風”にどれだけ追い上げられるかが今後のカギを握る。

企業微信オフィシャルサイト
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企業微信は新型コロナウイルス対策として、医師へのオンライン問診機能を搭載した
企業微信は新型コロナウイルス対策として、医師へのオンライン問診機能を搭載した
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 ウィーチャットの天下がグループウエアの普及で崩れるのか。新型コロナウイルスが巻き起こした危機が、中国IT業界の勢力図を揺るがしかねない台風となっている。