ここ数カ月、「デジタル人民元」が話題になっている。米ドルの覇権に対抗し、中国がブロックチェーンを使ってデジタル通貨を発行する世界初の国になるという報道が少なくない。中国を専門とするジャーナリストとして頻繁に現地取材を行っている筆者が、デジタル人民元構想の実情について解説する。

人民元は果たして世界初のデジタル通貨になるか(写真/Shutterstock)
人民元は果たして世界初のデジタル通貨になるか(写真/Shutterstock)

 「中国人民銀行(中央銀行)は、早ければ(2019年)11月11日に独自の仮想通貨(暗号資産)を発行することを計画している。 米経済誌フォーブスが関係筋2人の話として報じた。11月11日は同国のネット消費が1年で最も盛り上がる日。」(参考記事「中国人民銀、早ければ11月に独自の仮想通貨発行へ『フォーブス』(ロイター)19年8月28日」)

 「米国と対立する中国は人民元デジタル化の準備を急いでいる。経済圏の拡大に利用し、ドル中心の国際秩序に挑む狙いとみられている」(参考記事「社説:リブラ延期と国際社会 デジタルの功罪見極めを『毎日新聞 』19年11月5日付」)

 「私は、まず第一の狙いは中国の通貨人民元の国際化を進めいわゆるドル覇権に対抗することではないかとみています」(参考記事『デジタル人民元』中国共産党が狙う?覇権と統制『時論公論』(NHK)19年11月12日放送」)

 最近、「デジタル人民元」を巡るこのような報道が次から次へと出てきている。面白いのは、ほとんど裏付けとなるファクトがないまま、噂の世界でだけデジタル人民元が肥大化している点だ。米誌フォーブスは「関係筋2人」の発言を根拠としているが、11月11日はとうに過ぎた。そもそも、11月11日の「双十一」(ダブルイレブン)はEC企業によるネットショッピングセールの日であり、常識的に考えて中央銀行がこの日に合わせる義理はない。

 毎日新聞の社説は、習近平国家主席のブロックチェーンに言及した講話と暗号法の成立を根拠に「急いでいる」としているが、本連載の前回記事「処方箋、裁判情報…なぜ中国はブロックチェーンを活用できるか」で詳述したとおり、中国におけるブロックチェーンの活用は暗号資産とは別の形で進められているし、暗号法はIT全般における暗号に関する原則的な法規であり、暗号資産とは関係がない。

*「【全訳掲載】中国『暗号法』=習近平政権下で成立した全44条 ~暗号を『国家機密』と『商業用』に分類」(参考記事「仮想通貨Watch」

 NHKの『時論公論』で語られた「デジタル人民元でドル覇権に挑戦」という話は、この番組に限らず散見される。筆者も先日、テレビに出演した際にそういうテーマで話してほしいと言われたが、米中貿易摩擦を背景に中国の野心を示す“良いネタ”として飛びつく人が多いようだ。

 ただ、そもそも論で考えてほしいのは、人民元が国際決済市場でなかなか地位を築けないのは米ドルが強固な地位を持っているだけではなく、キャピタルフライト(資本逃避)を恐れる中国当局が厳しく規制しているからだ。国際金融論では「対外的な通貨政策において、為替相場の安定、金融政策の独立性、自由な資本移動の3つのうち、すべてを達成することはできない」という、国際金融のトリレンマという理論がある。中国は自由な資本移動を諦めることによって、残る2つを確保している。中国人や中国の企業はなんとかして人民元を国外に持ち出そうと、あの手この手を駆使している。これを必死になって監視している中国当局が、なぜその努力が水の泡になるようなことをするというのか。

 とかく間尺に合わない話ばかりなのだが、その背景にあるのは、米フェイスブックが発行を目指す暗号資産「リブラ」のようだ。

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