中国・深センでは、ヒット商品の後追いが様々な企業から生まれ、価格下落が進むことで新たなイノベーションが起きる。「深センでの1週間はシリコンバレーでの1カ月」と呼ばれるほどのスピード感を支えるのが「公开(GongKai)」という仕組み。マザーボードなどが簡単に市場で調達でき、次々と新たな製品が生まれるオープンイノベーションが浸透している。

中国の無数の中小メーカーが製造販売している携帯電話の数々。車の形、偽札判別用のIR(赤外線)ライトがついたもの、ライター機能付きなど多彩だ。これだけ多くの製品が現れる背景には、オープンな開発、製造のエコシステムの存在がある
中国の無数の中小メーカーが製造販売している携帯電話の数々。車の形、偽札判別用のIR(赤外線)ライトがついたもの、ライター機能付きなど多彩だ。これだけ多くの製品が現れる背景には、オープンな開発、製造のエコシステムの存在がある

 私が住む中国・深センの電気街は、今日も新しい製品であふれている。スマートスピーカーやスマートウオッチ、米アップルの「AirPods」によく似たケーブルレスのBluetoothヘッドセット……。世界のどこで生まれた新発明でも、数カ月もすると、深センの地場メーカーが作ったものが、ビックリするような安価になって街中に並ぶ。

 ヒット商品の後追いは世界のどこでも行われている。しかし、深センを中心にした珠江デルタ周辺では、その速度が圧倒的に速い。また、大企業が発明した複雑で高性能な家電であっても、深センで模倣販売しているのは社員数十人の中小企業であることが多い。なぜこのような模倣が可能なのだろうか。

 実は深セン周辺の市場で面白い製品を発見し、「これは、自分でも製造してビジネスにしたい」と考えたとき、大抵は使われているマザーボードが簡単に手に入る。もちろん、アップルや華為技術(ファーウェイ)、小米(シャオミ)といった巨大メーカーがマザーボードを売ってくれるわけではない。多くのICT機器では、大手メーカーが作った製品に並んで、すぐにIndependent Design House(IDH)と呼ばれる現地企業で設計開発されたモデルが市場に並ぶ。その会社にアクセスすると、設計済みのマザーボードをBtoBで販売してくれるのだ。そればかりか、適合するスピーカーやバッテリーなどの部品リスト(Bill Of Material)や、本来は非公開であるチップのデータシートなどまで付けてくれることもある。深センには無数のIDHがあり、どのIDHがどのような製品を設計製造しているかは、業界紙やウェブサイト、展示会などで知ることができる。

 背景には、製品の進化と陳腐化が高速で進むICT機器特有のムーアの法則がある。知財を製品化してライセンスの仕組みを整えるよりも、BtoB、BtoCを問わず最短で売り抜けるメリットのほうが上回るのだ。結果として、完成品とあわせてマザーボード単体での販売を行うやり方が一般的になってきている。こうした市場調達できるマザーボードを、中国では「公板(GongBan)」と呼び、英語ではPublic Boardと訳される。ハードウエアで必要となるプラスチックの外装についても、射出成型済みのプラスチックきょう体だけを売る会社が存在する。そうしたプラスチック製品は「公模(GongMo)」と呼ばれている。「模」は射出成型に必要な金型を指す言葉で、公模の英訳はPublic Moldだ。こうした市場が存在することで、珠江デルタエリアでは高速な製品開発が行われている。

ほとんどのICT機器は内部のマザーボードを個別に調達可能。EMS企業に組み立てを依頼すれば簡単に自社製品を作れる
ほとんどのICT機器は内部のマザーボードを個別に調達可能。EMS企業に組み立てを依頼すれば簡単に自社製品を作れる

知財化するよりも速く売り抜けるのが勝ち

 開発において知財をどう生かしていくかについては、いくつかのスタンスがある。自社内で開発を完結させるのは一つの方法だ。一方で、開発をオープン化して多くのプレーヤーを巻き込むことで短期的に利益を獲得する方法もある。

 自社開発モデルは、長期にわたって利益が得られそうな知財に向いている。例えばチップメーカーは、そうした戦略をとることが多い。

 一方、オープン化のモデルは、長期的な利益が得にくい製品に向いている。ソフトウエアでオープンソース化が行われやすい理由の一つは、変化が激しく、知財の寿命があまり長くないためだ。深セン周辺で作られているICT機器も同様で、ムーアの法則により価格低下と高性能化のスピードが速い。アナログの回路や機構などと違い、毎年発表される新しいSoC(System on Chip)が全体をアップデートし、多少の技術革新は上書きされてしまう。

 中国の知財保護が未整備なことは事実だ。偽物天国であることも間違いない。だが、このエコシステムが中小企業にもオリジナルのハードウエアを開発しやすくし、全体の技術革新を加速しているのも事実だ。

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