中国では法人はもちろんのこと、個人の信用情報までもがデジタルデータ化され、簡単に閲覧できる。日本では、中国共産党が国民の信用を把握するSF的ディストピアの産物とも捉えられがちだ。しかし、中国人はそれを有効に活用している。取引での詐欺や不正を防ぎ、ビジネスのスピードを加速させる原動力になっている。

中国政府が公開している「社会信用システム」を利用すれば、パソコンやスマートフォンから企業や個人の信用情報を簡単に検索できる
中国政府が公開している「社会信用システム」を利用すれば、パソコンやスマートフォンから企業や個人の信用情報を簡単に検索できる

 デジタルサービスの社会実装が加速している中国。本連載第1回「中国のデジタル革新 成功の要因は『多産多死のエコシステム』」では、「活発なベンチャー投資」「グレーゾーンを認める制度・政策」「社外資源を積極的に使う産業構造・組織」「後発だからこそ最先端を取り入れやすいリープフロッグ(カエル跳び)」という要因によって生み出された、トライ&エラーの試行回数を極限まで高める「多産多死のエコシステム」こそが背景だと紹介した。

 今回取り上げるのは、「法人や個人の法令違反データなどを集め、誰でも簡単に検索、閲覧できる社会信用サービス」だ。個人情報は守られるべきだと考える日本人からは「監視社会」と否定的に捉えられがちなサービスだが、中国では活用が進みつつある。その背景には、第1回で述べたように中国のビジネスが「社外資源を積極的に使う産業構造・組織」によって支えられている点が大きい。しかも、「監視社会化」によってこの産業構造・組織がさらに強化されているのが中国の現状だ。

 中国市場は大きいが、詐欺や不正が横行しリスクが高い。日本のビジネスパーソンの多くがこうした不安を抱えているだろう。それは、何も日本人だけが狙い撃ちされているわけではない。生き馬の目を抜くだましあいは、中国人同士のビジネスであっても同じだ。

 とすると、そこで1つの疑問が生まれてくる。それほどまでに相手を信頼するのが難しい社会において、どうして円滑な社外資源の活用が可能になっているのだろうか?

 広東省深セン市でEMS(電子機器受託製造業)を経営する、JENESIS(SHENZHEN)CO., LTD.の藤岡淳一総経理は、著書『「ハードウエアのシリコンバレー深セン」に学ぶ――これからの製造のトレンドとエコシステム』(インプレスR&D、2017年)で次のように言及している。

「深センを見てほしい。1人1人は超合理的で情に流されない中国人だが、深セン全体を見てみるとエコシステムという形で人の力を借りて生きる世界が生まれている」

 藤岡総経理が指摘するように、「仲間のために」という義理人情は皆無にもかかわらずエコシステムが回るのは、中国人が古来そのための知恵を発展させてきたからだ。そしてその延長線上に、デジタル技術を活用してエコシステムを強化しようとする取り組みが生まれている。順を追ってみていこう。

ビジネスでだまされない中国古来の知恵

 まず、伝統的に中国のビジネス社会で取り入れられている知恵は2つある。

 1つ目は、「だまされる損失よりも、社外資源を利用する利益のほうが上回る」ようにすることだ。だまされることを恐れて取引先の調査に高コストをかける、あるいは取引を減らすという選択肢よりも、一定程度の比率でだまされることを許容しても得られる利益が上回れば、戦略として成り立つわけだ。

 そこで、1度裏切られても致命傷にならないよう、1回の取引のサイズを小さくすることが有効だ。1回ごとの取引で確実に利益が出る契約にし、それが毎回確実に履行されるかを確認していくのだ。つまり、実際の取引が信用評価の代わりとなり、だまされる損失を最小化できるわけだ。

 2つ目は、「圏子」(サークル)による、裏切れない関係を作る仕組みだ。中国では古来、地縁でつながる同郷会や血縁でつながる宗族(一族)などのコネクション構築が盛んに行われてきた。コネクションの力を高めるため、同じ名字を持つ宗族同士の合併(たとえば同じ「王」という名字を持つ一族が、本当は血縁関係がないにもかかわらず共通の祖先があるというフィクションで同意し、新たな家系図を作成して一つの大きな一族に編成すること)まで行われていた。

全日本華僑華人連合会の公式サイトを見ると、北京市、天津市など中国各地方の同郷会が日本に拠点を持っていることが分かる。これも「圏子」の一種だ
全日本華僑華人連合会の公式サイトを見ると、北京市、天津市など中国各地方の同郷会が日本に拠点を持っていることが分かる。これも「圏子」の一種だ

 地縁や血縁でつながった相手は裏切れない。それは情の問題ではなく、一度でも裏切れば、その後はコネクションの力を借りることができず、ビジネスに大きな支障をきたすためだ。

 地縁や血縁でコネクションが作れない場合には、秘密結社も活用された。「天地会」や「哥老会」など、中国の秘密結社では構成員は義兄弟、すなわち疑似的な血縁関係で結ばれる。地縁や血縁によるつながりの代替として秘密結社が活用されたわけだ。このように、いつ誰が裏切るか分からない“荒野”においても、他者のリソースを活用する知恵が中国社会には存在してきた。

数秒で相手企業の素性が一目瞭然に

 その知恵の現代版が「社会信用システム」だ。デジタル技術によって信用を確認し、外部リソース活用を加速させようとする動きが進められている。中国共産党による一党支配を強化するためのツール、政府が国民の信用を把握するSF的ディストピアの産物として批判されることが多い社会信用システムだが、実際の内容は大きく異なる。

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