中国のデジタルエコノミーに注目して、どのような仕組みや仕掛けのもとで新サービスが社会に普及していくのかを読み解く連載の第1回。東京大学大学院准教授の伊藤亜聖氏は、イノベーション創出の背景に「多産多死のエコシステム」の存在を挙げる。
2019年5月末、中国内陸の貴州省貴陽市で開催された「中国国際ビッグデータエキスポ(産業博覧会)」に参加した。ここは中国のなかでも貧困地域にあたる場所。アリババ集団、テンセント、アント・フィナンシャル・サービスグループ、ファーウェイといった名だたるテクノロジー企業が出展し、新サービスを展示していた。
スマートシティ、5G、半導体開発、そしてテクノロジーを使った貧困削減など、興味を引く展示は数多かった。加えて同時開催されていたフォーラムでは企業家の登壇セッションだけでなく、eガバメントの推進や人工知能の利活用を前提とした民法改正についてのセッションが開催され、中国におけるデジタル化の議論の広がりも見逃せない内容だった。
しかし、現地で見た光景のなかで最も印象に残ったのは、ビッグデータエキスポの主会場の横にあるビルが、未完成であるにもかかわらず、LEDライトを煌々(こうこう)と光らせ、イルミネーションに参加していた風景だった。
確かに未完成のビルでもLEDライトをつけることはできる。イルミネーションに加えることもできる。こういった未完成のものを堂々と活用する態度が中国のデジタル化を突き動かしている。「未完成のビルをLEDのイルミネーションに参加させる」アプローチが、粗雑な結果に直結しているのであれば非難すべきかもしれない。しかし今の中国のデジタルサービスは粗雑だろうか? 大きなシステム障害を起こしているだろうか? ユーザーの利便性は高まっているのだろうか? これらの点は是々非々で考えてみる必要がある。
中国でのモバイル決済やシェアリングエコノミーの普及の様子はよく知られているところだ。18年からは日本でもモバイル決済を巡ってキャッシュバック合戦が繰り広げられ、生活のなかにも普及しつつあるが、中国はこれに先行している。
実のところ、なぜ中国でデジタルサービスの実装が加速してきたのか、いまだ確たる定説はない。筆者らは中国で進む社会実装の背後には、一言でいえば「多産多死のエコシステム」があり、これが1つの手がかりになると考えている。大手IT企業に加えて、膨大な数のスタートアップ企業が日々トライ&エラーを通じて試行錯誤し、またそのような挑戦を政府も後押しし、社会もある程度許容するような一連の仕組みである。
デジタル革新を支える4つの要因
「多産多死のエコシステム」を支えている4つの要因を整理しておこう。
第1の要因は活発なベンチャー投資である。アリババ集団やテンセントといった大手IT企業の役割は特にIPO前後では大きい。しかし創業間もない段階から成長を模索するアーリーステージの段階では、中国国内の専門投資機関が激しく競争している状況だ。
政策的には13年以降、中国政府は雇用環境の悪化も視野に入れつつ、大卒者が自ら創業し、それを通じてイノベーションを推進しようとする「大衆創業、万衆創新」政策を打ち出した。ちょうどそのころ、世界的にメイカーズムーブメントが広がり、そのムーブメントが中国・深センでは小ロットからの製造代行という形でつながってきた。この点は本連載メンバーである高須正和氏の『メイカーズのエコシステム 新しいモノづくりがとまらない。』(インプレスR&D、2016年)に詳しい。
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